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【32】前世ではスルーしたお見合い写真の山を見てみる。

 さて、俺は二十一歳になった。  現在は、国王代行中である。もう俺が知っている未来とは違うとわかっているのだが、それでもたまに比較してしまう。 「久しぶりだねぇ」 「ああ、元気そうだな、ワイズ」  この日やってきた賢者は、魔族が安定しているという報告にやってきた。  記憶に残る二十一歳の時とは逆である。  ソファに深々と背をあずけて、昼間から賢者は葡萄酒を飲み始めた。  思えば――好きなところに自由気ままに出かけて身を寄せる彼は、スローライフの大先輩である。こういう生活も良いだろう。俺も早くスローライフを送りたい。そう思ったのは――目の前に高く積まれた書類があるせいかもしれない。  今は代行としての国政関係の他、召喚獣の召喚規約の整理を行ったりもしている。俺は、力がなくなってしまったのだが、知識がなくなってしまったわけではない。そこで、今後力を失う前の俺に匹敵する人間が現れた時に備えて、資料作りをしていたら、うっかりユーリスに気づかれて、国を挙げてやろうと言われてしまったのである。他にもユーリスとは、薬草関連の仕事もしている。こちらは医療塔の面々が手伝ってくれるのだが。  確かに俺は力を失ったし、今回は、力があるという評判を最初から持っていなかった。そういう現状だというのに、ユーリスにプロデュースされた結果、現在の俺は、見識豊かな大天才というような評価を得ている。間違ってはいないだろう……と、たまに悦に浸るが、はっきりいってこれは、ドロップアウト時に邪魔にしかならないのでやめてほしい。  俺とユーリスは戦っているのだ。  俺を国王として正式に即位させようとするので、ひたすら俺はそれを回避している。  この静かな攻防には、実は周囲は気づいていない。  俺は表面上では、国王になる風を装っているのだ。しかしユーリスはごまかされてくれず、ちょくちょく俺の外堀を埋めようとするのである。  ――そんな状況であり、俺の命を暗殺しようとするような動きはどこにもない。  なお、俺は剣の腕を磨き始めた。  こちらはもう隠すつもりはない。  剣一本で、魔族討伐にまで参加できるほどになったが、「次期国王陛下が自ら危険を冒す必要はありません」と言われ、あまり良い顔はされなかった。それもそうだろう。最初は、俺はこれを理由に国王代行業をドロップアウトしようかとも思ったのだが、何度か討伐に参加して、こういった殺伐としたものは、求めているものと違うなと思った。  俺が欲しかったのは、穏やかな日々だ。  だが、夢のスローライフには、まだまだ遠い。  紆余曲折を経て、処刑を回避し、現状が幸せだからとは言え――それとこれとは別である。現在の俺は、着々と、国王代行を終えたらドロップアウトする計画を立てているのだ。無論、正式に即位して国王になるつもりなどない。充実した日々は楽しいが、俺は、近い将来、絶対に王宮から出ていくと決めている。  そうして二十二歳になったが、前世のような継承権争いは、どこにもない。  しいていうなら、最近俺は、弟のトール殿下の即位を推しているため、「兄上がやれ」と言われて困っている。王位の押し付け合いだ。そういう意味での継承権争いならばある。  しかし俺は、弟に押し切られたりはせず、着々と話を進めていった。  その後二十三歳になった時、俺は、国王代行を今年限りで終えると宣言した。  トールを新国王として即位させることを、周囲に納得させたのである。  父と王妃様の御子息であるという点を強調した。  ただ王妃様も、トールを可愛がっていたが、最後まで「フェルでは、どうしてだめなの?」と、俺を即位させようとしていた。だが俺は笑顔を作って、首を振り続けた。  この一年は、仕事の譲渡などをした。  魔族の大量襲来はなかったが、なぜなのか俺には求婚者が大量襲来している。  平和になった証拠だろうか?  だんだん落ち着いてきた王国に、俺は自室のソファで薬草茶を飲みながら一息ついた。  時刻は夜の八時だ。茶を持ってきたユーリスが扉を閉めた。 「もうご覧になりましたか?」  ユーリスは、俺の机の上を一瞥した。  視線を追いかけて、俺は苦笑した。  そこにはお見合い写真の山がある。前世でも、二十三歳の時にたくさんのお見合い話が来たのだが、あの時は、俺はスルーした。 「今から見てみる、こちらへ持ってきてくれ」 「御意」  俺の言葉に、ユーリスが机に歩み寄った。昼間そこに置いたのもユーリスだ。  目の前に再度築かれた山に、俺はお茶を飲みながら手を伸ばした。  そして一番上の釣書を手に取り、まじまじと眺めた。  ――帝国皇帝陛下、ハロルドの写真である。  以前持ち上がった婚姻の話は立ち消えたが、実は今でも俺は求愛されている。  写真を閉じて、俺は頬杖をつきながらユーリスを見た。  こちらを笑顔で見ているユーリスのおすすめもまた、ハロルドであるのは知っている。 「なんでも隣国のハロルド陛下は、想い人がおられるとして婚姻の勧めを断っているだとか」 「そうか」 「もうすぐ外遊でこの王国にいらっしゃいますよ」 「そうだったな」 「久しぶりに会えますね」 「まぁな」 「――どうするんですか?」  ユーリスが声のトーンを変えた。真剣に見合いを促しているのが分かる。 俺は呆れながらため息をついた。 「外遊中に見合いをセッティングする必要はないからな」 「そうですか。では、きっぱりとお断りしておきましょうか?」 「なぜもっと早くにそうしてくれなかったんだ?」 「それは、その……今後好きになる可能性があるとうかがっていたので」 「可能性だけならば、誰にだってあるだろう」  俺があからさまに息を吐くと、ユーリスが苦笑した。 「まぁそうですね。なるほど、それなら、俺にもチャンスはありますね。じゃあこの山の中に、俺の釣書もおいていいですか?」 「最初から入れておけ」 「っ、え、あ……はい。写真の撮影から始めようと思います」  ユーリスが照れたのを見て、俺は少し気分が良くなった。  今回は、真面目にお見合い写真を見てみるのも楽しいかも知れない。  そう考えていると、窓がいきなり開いた。ラクラスが訪れたのだった。  ユーリスが出て行ったのを見送りながら、俺はラクラスに紅茶を淹れた。  俺の隣に座ったラクラスは、膝を組むと、お見合い写真の山を見た。 「結婚するのか?」 「どうだろうな」 「仮にお前が結婚したとしても、結婚なんていう人間の制度は俺には関係がない。だからこれからもずっと一緒にいる――ただな、お前の隣に俺以外もいることになると思うと苛立つんだ」  ラクラスはそう言うと、俺の手を引いた。  そして俺をギュッと抱きしめた。俺はこのぬくもりが嫌いじゃない。  ラクラスは、俺にとって本当に大切な相手だ。  その年の暮れ、俺はトール殿下を即位させて、国王代行をやめた。  リタイアしたのである。  王宮からのドロップアウトの準備も完璧で、即位式の夜、パーティが終わってすぐに、俺は城を出た。共に夜空の下を歩くのは、ラクラスだった。  しばし歩いていくと、壁に背を預けた賢者が立っていた。 「やっぱり僕、今の君の生き方が好きだよ」 「ああ」 「元気でね」 「ワイズもな」  手を振った賢者に見送られて、俺はその日、王都を出た。

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