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【33】もうフラグはどこにもないので、自分で立てていこうと思う。

「遅かったですね」  王都を出たところで、迎えの馬車からユーリスが下りてきた。  その姿を視界に捉えて、俺は思わず苦笑した。 「お前が早いんだ」  ここは、王都の西に広がる、ユーリスの領地アルバースの入口だ。  本当は、アルバース伯爵邸までは、自力で向かうつもりだった。 「無事な到着なによりです」  そう言って微笑んでから、ユーリスが俺に馬車を示した。  ――ユーリスが宰相を退いたのは、俺が即位しないと明言するよりも前のことだった。俺と一緒にやめたのでは角が立つと、本人も理解していたのだと思う。相変わらず俺の一歩前を進むのだからいやになってしまう。  それだけではなく――ユーリスは、なんと俺よりも一歩早く、スローライフに突入していた。あっさり宰相を止めた現在、ユーリスは、医療塔を移設して、アルバース伯爵領地に大規模な薬草園を作っているらしいのである。俺はこれから、そこにしばらくお世話になると決めていた。名目は、薬草関連の資料の執筆のためである。今では誰も、俺が病弱だなどとは思っていない。  ユーリスが辞任した時に、ライネルを俺は返した。  だからライネルとも久しぶりに、伯爵邸で再会することになった。  荷物を置いてから、俺はお茶を持ってきたライネルとユーリスを見て、腕を組んだ。  元気そうだ。何とはなしにそう考えてから、ラクラスを見る。 「悪いが、少しユーリスと二人にしてくれ」  俺が言うと、わずかに目を細めて、ラクラスが頷いた。  ライネルと共にラクラスが出ていくのを、不思議そうにユーリスが眺めていた。  扉が閉まる音がしたあと、ユーリスが俺を見た。 「なにか密談ですか?」 「まぁそうなるな。実は、俺は――」  告白しなければと、俺は強く拳を握った。  改めて言うとなると緊張する。思わず言葉を飲み込んでしまった。  驚いたように俺を見ているユーリスと、目が合う。 「――ユーリス、俺は、お前とずっと一緒に……」  言え……! 頑張るんだ、俺! 「薬草作りがしたかったんだ!」  俺は強く宣言した。そして、短期間の滞在ではなく、永住したいのだと力説した。  最初は息を飲んで黙っていたユーリスであるが、次第に引きつったような笑みを浮かべるようになる、最終的には腕を組んだ。 「あの、殿下」 「俺はもう殿下ではない」 「フェル様」 「なんだ?」 「――期待した自分を恥じてますし、愛の告白かと思ったら違って拍子抜けしてますが、薬草関連に関してはそう仰る気がして、既に整えてあります」 「期待?」 「こっちの話です」 「そうか。さすがだな」 「ええ。この準備のために一足早く王宮を出たようなものですから」  それから、俺達は、移設して新しくなった医療塔について話し合った。  今後、俺達は、まずはアルバース伯爵領地から初めて、最終的には国中に薬草学を広める予定なのである。夢というより、計画を二人で話し合った。現実的な話である。  こうして俺のスローライフは、幕を開けた。  冬から春になり、俺達は新しい薬草の種を蒔いた。  夏には芽吹いて、秋には最初の薬草を収穫できた。  肥料にこだわり、土を改良した。手のひらにすくった焦げ茶色の土の感触も匂いも、自然を感じさせた。毎日がゆったりしているというのに、季節の移り変わりを早く感じるようになり、一年がすぐに経ってしまった。俺は二十四歳になった。前世では、この先は幽閉されてからの処刑だったから、もう何が起きるかの記憶もない。そもそも、既に前世と現在は、全く別のものであると言える。ユーリスと二人で土をいじる日々なんて、前世には、影も形もなかったのだから。  始まったスローライフの中で、俺は何度もユーリスの横顔を見た。  そうすると大抵気づかれて、目が合う。  いつからか、恥ずかしくなって目をそらす自分に気づいていた。  ――気づいたら、あとは後悔しないように行動するだけだ。  そんなことを考えながら目を覚ましたのは、自室でのことだった。 「起こしてしまいましたか?」  ユーリスが、ソファで眠っていた俺に、毛布をかけていた。その小さな衝撃で、俺は目を覚ましたのだ。開け放された窓の向こうには、夕焼けの空が見える。窓が空いているのは、ラクラスが出かけたからだろう。この領地の酒場は悪くないとラクラスは言っていた。 「大丈夫だ」 「そうですか。でしたら、ついでに寝台へどうぞ」 「ああ」 「まったく。無防備に寝ないでください、人の気も知らないで」  ユーリスがそう言ってため息をついたので、俺は首を傾げた。 「知ってるぞ」 「え?」 「知ってる」 「……」  俺の言葉にユーリスが沈黙した。そして、じっと俺を見た。  俺も見返した。もう、視線を逸らす気はない。  正面から見つめ合い――そのまま俺は、ユーリスの唇が近づくのを見ていた。  あと少しで触れるというところで、ユーリスが動きを止めた。  いつものことだった。大切な主人の体に手を出してはならないと思っているらしい。  ――だから、俺は目を伏せて、自分から顔を近づけた。 「!」  最初は、息を呑む気配がした。  だが、すぐに頭に手を回された。そして深々と唇を貪られた。  深く深く口を重ねてから、俺は顔を離して、肩で息をした。  ユーリスがどこか焦燥感に駆られたような瞳で俺を見ていた。  俺の肩に置かれているユーリスの手が、少し震えている気がした。 「お前が俺を好きなことくらい前世から知ってる」 「一度もお伝えしたことはありませんが」 「じゃあ今改めて言ってくれ」 「お慕いしています。手を出すのが恐れ多いくらい」 「そうか。それなら離せ」 「すいません、俺もう止まりません」  俺は、そのままソファに押し倒された。 「ン……っぅ……」 「大丈夫ですか?」 「いいから、ぁ、もう、気を遣わなくて――っ、ンあ」 「……ッ、そうは言われましても」  俺は、ユーリスの首にしがみついた。中にあるユーリスの存在感が恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が熱い。息ができない。もうずっと、こうしている。何十分もかけて俺の後ろをほぐしていたユーリスはやっと挿れたと思ったら、俺を抱きしめて動きを止めたのだ。  俺の体を気遣ってくれているのはわかる。  だが俺だって愛する人と結ばれたのだから、少しくらい我慢はできる。  そう訴えたいのだが、言葉を出すと、嬌声が代わりに漏れてしまう。  それも恥ずかしい。 「ぁ、っ、いいから、好きに動け」 「終わらせるのがもったいなくて」 「な」 「ずっとこうしていたいんです――夢じゃないかと恐ろしくて」 「何言って、ぁ……ン……あ」  ユーリスがやっと体を動かした。すると、俺の感じる場所に、先端が当たった。  しかしそのまま、再び彼は動きを止めた。今までよりも強く響くようになった快楽が怖くて、俺はユーリスに改めてしがみついた。目を閉じて、ユーリスに抱きつきなおしたのだ。するとユーリスの唇が、俺の唇に触れた。 「愛してます」 「っ、ぁ……あああっ」 「俺は、何にかえても、フェル様をお守りいたします。フェル様も、フェル様の大切なものも、全て」 「だったら――っ、ぁ」 「だったら、なんです?」 「自分の身を一番に守れ。俺の大切なものは、ユーリス、お前なんだから」 「っ」  息を飲んだあと、ユーリスが舌打ちした。そして、俺を強く抱きしめると、激しく抽送した。俺は思わず背を反らせた。 「ン――っ、ああっッ、ん!!」 「そういう事を、なんで言うんですか……これでもかなり抑えてたっていうのに……――ああ、もう」 「や、待ってくれ、強、ぁ、ア」 「スローライフは保証できますけど、フェル様があんまりにも可愛い事を言うので、スローセックスは俺には無理そうです」 「な」  なんてことを言うのかと思った時、ユーリスが俺の太ももを持ち上げた。  そして角度を変えて、深くえぐった。 「あ――!! ああああ!! ダメだ、それ、うああっ」 「ここ、好きですか?」 「っ、あ」  何度も突き上げられて、俺は泣いた。全身を快楽が襲う。  しばらくそれに震えていたときのことだった。 「フェル様、ひとつお願いがあります」 「ぁ、あ、ああっン……あ、や、動いて、もっと」  自分から上がった声が、自分でも信じられなかった。  ユーリスが吐息に笑みをのせて、そんな俺の頬をなでた。 「俺のこと、好きだって言ってください」 「馬鹿。言わなくてもそのくらいわかれ、いつもの察しの良さはどこにやったんだ」 「フェル様の口から聞きたいんです」 「――俺は、ユーリス=アルバースを愛してる。好きだ」  夢中で俺が言うと、ユーリスが噛み締めるような顔をして、それから微笑んだ。 「もしも生まれ変わったとして、今度どんな世界に生まれ落ちようとも、俺は、またフェル様に愛される俺に生まれたいです。一見違うと思った世界に生まれたとしても、こう――もしも生まれ変わったら異世界へと思っていたら、転生先も俺でした、みたいに、また必ず俺は俺に生まれて、フェル様のそばにいたいです」 「わけのわからないことを言っていないで、ァあっ、や、やだ、動いてくれ、もう限界だ!」  俺が涙ぐんで叫ぶと、喉で笑ってユーリスが動きを早めた。  そして、ほぼ同時に二人で果てた。  このようにして、俺はユーリスと結ばれた。  のどかな俺のスローライフには、スローセックスが結局加わるのだが、それはまた別のお話である。毎日は、ただ穏やかに、ゆっくりと優しく過ぎていく。  これからは、先など一切分からない未来を目指して歩んでいくのだ。  それが、幸せだった。おそらく、神話の異世界よりも、俺にとっては。  もうフラグはどこにもないので、これから俺は、自分が幸せになるためのフラグを立て続けようと決意している。そんなことを考えながら、俺は窓の外の大自然を一瞥し、目を伏せたのだった。

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