33 / 33
【33】もうフラグはどこにもないので、自分で立てていこうと思う。
「遅かったですね」
王都を出たところで、迎えの馬車からユーリスが下りてきた。
その姿を視界に捉えて、俺は思わず苦笑した。
「お前が早いんだ」
ここは、王都の西に広がる、ユーリスの領地アルバースの入口だ。
本当は、アルバース伯爵邸までは、自力で向かうつもりだった。
「無事な到着なによりです」
そう言って微笑んでから、ユーリスが俺に馬車を示した。
――ユーリスが宰相を退いたのは、俺が即位しないと明言するよりも前のことだった。俺と一緒にやめたのでは角が立つと、本人も理解していたのだと思う。相変わらず俺の一歩前を進むのだからいやになってしまう。
それだけではなく――ユーリスは、なんと俺よりも一歩早く、スローライフに突入していた。あっさり宰相を止めた現在、ユーリスは、医療塔を移設して、アルバース伯爵領地に大規模な薬草園を作っているらしいのである。俺はこれから、そこにしばらくお世話になると決めていた。名目は、薬草関連の資料の執筆のためである。今では誰も、俺が病弱だなどとは思っていない。
ユーリスが辞任した時に、ライネルを俺は返した。
だからライネルとも久しぶりに、伯爵邸で再会することになった。
荷物を置いてから、俺はお茶を持ってきたライネルとユーリスを見て、腕を組んだ。
元気そうだ。何とはなしにそう考えてから、ラクラスを見る。
「悪いが、少しユーリスと二人にしてくれ」
俺が言うと、わずかに目を細めて、ラクラスが頷いた。
ライネルと共にラクラスが出ていくのを、不思議そうにユーリスが眺めていた。
扉が閉まる音がしたあと、ユーリスが俺を見た。
「なにか密談ですか?」
「まぁそうなるな。実は、俺は――」
告白しなければと、俺は強く拳を握った。
改めて言うとなると緊張する。思わず言葉を飲み込んでしまった。
驚いたように俺を見ているユーリスと、目が合う。
「――ユーリス、俺は、お前とずっと一緒に……」
言え……! 頑張るんだ、俺!
「薬草作りがしたかったんだ!」
俺は強く宣言した。そして、短期間の滞在ではなく、永住したいのだと力説した。
最初は息を飲んで黙っていたユーリスであるが、次第に引きつったような笑みを浮かべるようになる、最終的には腕を組んだ。
「あの、殿下」
「俺はもう殿下ではない」
「フェル様」
「なんだ?」
「――期待した自分を恥じてますし、愛の告白かと思ったら違って拍子抜けしてますが、薬草関連に関してはそう仰る気がして、既に整えてあります」
「期待?」
「こっちの話です」
「そうか。さすがだな」
「ええ。この準備のために一足早く王宮を出たようなものですから」
それから、俺達は、移設して新しくなった医療塔について話し合った。
今後、俺達は、まずはアルバース伯爵領地から初めて、最終的には国中に薬草学を広める予定なのである。夢というより、計画を二人で話し合った。現実的な話である。
こうして俺のスローライフは、幕を開けた。
冬から春になり、俺達は新しい薬草の種を蒔いた。
夏には芽吹いて、秋には最初の薬草を収穫できた。
肥料にこだわり、土を改良した。手のひらにすくった焦げ茶色の土の感触も匂いも、自然を感じさせた。毎日がゆったりしているというのに、季節の移り変わりを早く感じるようになり、一年がすぐに経ってしまった。俺は二十四歳になった。前世では、この先は幽閉されてからの処刑だったから、もう何が起きるかの記憶もない。そもそも、既に前世と現在は、全く別のものであると言える。ユーリスと二人で土をいじる日々なんて、前世には、影も形もなかったのだから。
始まったスローライフの中で、俺は何度もユーリスの横顔を見た。
そうすると大抵気づかれて、目が合う。
いつからか、恥ずかしくなって目をそらす自分に気づいていた。
――気づいたら、あとは後悔しないように行動するだけだ。
そんなことを考えながら目を覚ましたのは、自室でのことだった。
「起こしてしまいましたか?」
ユーリスが、ソファで眠っていた俺に、毛布をかけていた。その小さな衝撃で、俺は目を覚ましたのだ。開け放された窓の向こうには、夕焼けの空が見える。窓が空いているのは、ラクラスが出かけたからだろう。この領地の酒場は悪くないとラクラスは言っていた。
「大丈夫だ」
「そうですか。でしたら、ついでに寝台へどうぞ」
「ああ」
「まったく。無防備に寝ないでください、人の気も知らないで」
ユーリスがそう言ってため息をついたので、俺は首を傾げた。
「知ってるぞ」
「え?」
「知ってる」
「……」
俺の言葉にユーリスが沈黙した。そして、じっと俺を見た。
俺も見返した。もう、視線を逸らす気はない。
正面から見つめ合い――そのまま俺は、ユーリスの唇が近づくのを見ていた。
あと少しで触れるというところで、ユーリスが動きを止めた。
いつものことだった。大切な主人の体に手を出してはならないと思っているらしい。
――だから、俺は目を伏せて、自分から顔を近づけた。
「!」
最初は、息を呑む気配がした。
だが、すぐに頭に手を回された。そして深々と唇を貪られた。
深く深く口を重ねてから、俺は顔を離して、肩で息をした。
ユーリスがどこか焦燥感に駆られたような瞳で俺を見ていた。
俺の肩に置かれているユーリスの手が、少し震えている気がした。
「お前が俺を好きなことくらい前世から知ってる」
「一度もお伝えしたことはありませんが」
「じゃあ今改めて言ってくれ」
「お慕いしています。手を出すのが恐れ多いくらい」
「そうか。それなら離せ」
「すいません、俺もう止まりません」
俺は、そのままソファに押し倒された。
「ン……っぅ……」
「大丈夫ですか?」
「いいから、ぁ、もう、気を遣わなくて――っ、ンあ」
「……ッ、そうは言われましても」
俺は、ユーリスの首にしがみついた。中にあるユーリスの存在感が恥ずかしくて恥ずかしくて、顔が熱い。息ができない。もうずっと、こうしている。何十分もかけて俺の後ろをほぐしていたユーリスはやっと挿れたと思ったら、俺を抱きしめて動きを止めたのだ。
俺の体を気遣ってくれているのはわかる。
だが俺だって愛する人と結ばれたのだから、少しくらい我慢はできる。
そう訴えたいのだが、言葉を出すと、嬌声が代わりに漏れてしまう。
それも恥ずかしい。
「ぁ、っ、いいから、好きに動け」
「終わらせるのがもったいなくて」
「な」
「ずっとこうしていたいんです――夢じゃないかと恐ろしくて」
「何言って、ぁ……ン……あ」
ユーリスがやっと体を動かした。すると、俺の感じる場所に、先端が当たった。
しかしそのまま、再び彼は動きを止めた。今までよりも強く響くようになった快楽が怖くて、俺はユーリスに改めてしがみついた。目を閉じて、ユーリスに抱きつきなおしたのだ。するとユーリスの唇が、俺の唇に触れた。
「愛してます」
「っ、ぁ……あああっ」
「俺は、何にかえても、フェル様をお守りいたします。フェル様も、フェル様の大切なものも、全て」
「だったら――っ、ぁ」
「だったら、なんです?」
「自分の身を一番に守れ。俺の大切なものは、ユーリス、お前なんだから」
「っ」
息を飲んだあと、ユーリスが舌打ちした。そして、俺を強く抱きしめると、激しく抽送した。俺は思わず背を反らせた。
「ン――っ、ああっッ、ん!!」
「そういう事を、なんで言うんですか……これでもかなり抑えてたっていうのに……――ああ、もう」
「や、待ってくれ、強、ぁ、ア」
「スローライフは保証できますけど、フェル様があんまりにも可愛い事を言うので、スローセックスは俺には無理そうです」
「な」
なんてことを言うのかと思った時、ユーリスが俺の太ももを持ち上げた。
そして角度を変えて、深くえぐった。
「あ――!! ああああ!! ダメだ、それ、うああっ」
「ここ、好きですか?」
「っ、あ」
何度も突き上げられて、俺は泣いた。全身を快楽が襲う。
しばらくそれに震えていたときのことだった。
「フェル様、ひとつお願いがあります」
「ぁ、あ、ああっン……あ、や、動いて、もっと」
自分から上がった声が、自分でも信じられなかった。
ユーリスが吐息に笑みをのせて、そんな俺の頬をなでた。
「俺のこと、好きだって言ってください」
「馬鹿。言わなくてもそのくらいわかれ、いつもの察しの良さはどこにやったんだ」
「フェル様の口から聞きたいんです」
「――俺は、ユーリス=アルバースを愛してる。好きだ」
夢中で俺が言うと、ユーリスが噛み締めるような顔をして、それから微笑んだ。
「もしも生まれ変わったとして、今度どんな世界に生まれ落ちようとも、俺は、またフェル様に愛される俺に生まれたいです。一見違うと思った世界に生まれたとしても、こう――もしも生まれ変わったら異世界へと思っていたら、転生先も俺でした、みたいに、また必ず俺は俺に生まれて、フェル様のそばにいたいです」
「わけのわからないことを言っていないで、ァあっ、や、やだ、動いてくれ、もう限界だ!」
俺が涙ぐんで叫ぶと、喉で笑ってユーリスが動きを早めた。
そして、ほぼ同時に二人で果てた。
このようにして、俺はユーリスと結ばれた。
のどかな俺のスローライフには、スローセックスが結局加わるのだが、それはまた別のお話である。毎日は、ただ穏やかに、ゆっくりと優しく過ぎていく。
これからは、先など一切分からない未来を目指して歩んでいくのだ。
それが、幸せだった。おそらく、神話の異世界よりも、俺にとっては。
もうフラグはどこにもないので、これから俺は、自分が幸せになるためのフラグを立て続けようと決意している。そんなことを考えながら、俺は窓の外の大自然を一瞥し、目を伏せたのだった。
ともだちにシェアしよう!