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第6話
「へぇ、ココか。ココが好きなのか?」
「いやあぁっ、あ、あ、あああああ!」
無我夢中で俺は叫んだ。知らない。こんなものは、知らない。俺の知識に無い。アナルセックスが気持ち良いという話は聞いた事がある。だが、俺にとって肛門は、性器じゃない。なのに、尋常じゃない快楽が昇ってくる。気が狂ってしまう。ダメだ、俺は噎び泣きながら、首を振った。これでは、俺は壊れてしまう。
「前立腺っていうみたいだぞ?」
「あ、ああっ、は、あ、ああっ、あ、嘘、ま、また出る」
前立腺……頭の中でぼんやりとそれを刻みながら、俺は無意識に口走っていた。だけど、『また』――? 俺は、さっきも出したのだっけ? ダメだ、思い出せない。だって、全ては、夢なのだ。夢の中で、先程までの夢を思い出すのは、難しい。
だが、今はそれ以上に、そんな事を思い出す余裕が無い。
激しく強すぎる快楽――全身を蝕む灼熱と、止めどなく浮かび上がってくる悦楽の水面が、俺を絡め取って離してくれない。怖い、怖かった。しかしそれは、店に対して抱いていたような恐怖とは根本的に異なる。快楽が怖かった。何かが奥底から這い上がってくる。指で刺激されている箇所が、酷い。そこを突かれる度、俺の前、陰茎にどんどん熱が集中していく。出したい。だけど。後ろのそんな場所を刺激されているだけで、出るはずがない。全身に冷や汗をかいている。熱いのに寒い。ガクガクと体が震えている理由が、どちらからなのか、もう俺には分からない。どちらにしろ、快楽由来だ。
「後ろを弄られただけで、果てる。今後は、永劫お前の体はそうなる」
彼がそう口にしたのは、俺の前が、限界まで張り詰めた時だった。
「うああああああああああああああああ」
俺は、絶叫し、強く前立腺をこすられた瞬間に、射精した。
「終わりましたよ」
その声で、俺は、我に返った。
何だか夢を見ていたような気もしたが――直後、そんな思考は霧散した。
――すごい!
――なんだこのマッサージは!
――まるで本家のご隠居に肩揉みしてもらった時のような感覚だ!
俺は、目を見開いた。本家のご隠居とは、玲瓏院の前々ご当主様で、肩揉みをしながら、除霊する能力に長けておられる人物でもある。将棋を指しながら、除霊をしたり。俺の直接的な、師匠(?)である。
しかし、人生でこんなに体が楽になったのは、初めてかも知れない。
呆然としながら、帰路へつく準備をし、俺は扉の窓から外を見る。
雨がだいぶ弱まっていた。帰るにも最適だ。時計を見ると、四十分程度だった。
料金は、二千円。マッサージにしては、安い。安い上に、このクオリティ!
何だか気持ち良すぎて途中で微睡んだようで、どのようなマッサージだったかは思い出せないが、大事なのは結果だ。俺は、本気で満足した。
「……また来る」
俺は、マッサージのお店で、初めてこの言葉を口にした。
このようにして、俺のジプシー生活は、幕を下ろしたのである。
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