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第31話
「またよろしくお願いします」
さらに、特に吸血するでもなく、ローラは客を見送った。
これに、僕は少し安堵した。まぁ、僕には止める権利は無いのだが。
が、一応聞いてみた。
「どうして血を吸わなかったの?」
「あ? ああ。俺にも好みってものがあるからな。いくら童貞だろうが、ほら。不味そうとか、色々あるだろ」
結局の所そのお客様は、童貞だったようだ。
僕は、客の名前に『玲瓏院紬』とあるのを再確認した。マッサージには、リストを作っているのだ。紙に手書きで、予約表に名を記す。一昔前のファミレス風である。しかしレイロウインさんというのも変わった名前だ。フリガナを眺める。レイロウインツムギさんだそうだ。また来てくれると良いなと、僕は内心で考えた。
さて、閉店作業をしてから、僕とローラは、居住スペースへと戻った。既に帰宅していた火朽さんが、遅い夕食を用意してくれた。
「お前は大学どうだったんだ?」
「ええ。皆、良い人でしたよ――……ただ」
「ただ? バレたのか? さすがに、霊能大学は違ったか?」
「いえ。ごく普通の民族学科でしたが――……教授室に、意外と僕の、というか、夏瑪先生のゼミのメンバーが集まるようで、僕も顔を出してきたんです。そうしたら、あからさまに、一人、僕を無視する人がいて……」
「無視?」
「はい。一度も目も合わず、みんなが自己紹介してくれる中でも、無言で、僕を意識していて無視しているとかではなく、僕が存在していないかのような対応で……そもそも、最初の時点で、僕の分だけお茶を出してくれなくて」
「感じ悪いな」
「ですよね。僕以外には、悪い人ではなさそうだったんですが」
「おう。俺なら許さない。俺は心が狭いからな」
「――僕も狭い方なので、明日から少し様子を見てはみますが、毅然とした対応で臨もうと思っていますよ」
火朽さんは笑顔のままだった。だが、僕はこの、いつもと変わらなすぎる穏やかな笑顔で、怖いことを言っている彼の腹黒さを実はよく知っている。恐ろしいので、僕は食卓に置いて、無言で過ごした。寧ろ、こういう場合に限っては、気分の通りに表情を変えるローラの方が、ある意味優しく思えるから不思議である。
そのようにして、エビフライを食べ終えた僕は、席を立った。
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