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第32話

 さて、翌日からであるが――喫茶店側、全くと言って良いほど、客が来なかった。  近隣に競合店があるわけでもないし、立地が悪いとも言えない。  小さなスーパーの近所だから、一服には最適だし、駅から住宅街に向かう途中にある。  なおその住宅街を抜けた先には、廃寺に近い、ほぼ檀家ゼロのお寺があるそうだ。  何故そんな事が分かるかと言うと、喫茶店とは異なり繁盛しているマッサージのお客様が話していくからだ。話すというよりは、僕が心を読んでいるだけだが。  ――すごい!  ――なんだこのマッサージは!  ――まるで藍円寺の住職さんに、運良くお祓いしてもらえた時の如し!  まぁ、大体こんな事を、マッサージのリピーターが、特に考えている。三日目からはリピーターがついた。必要性に疑問があったリストは大活躍中であり、順番待ちの人で、喫茶店の椅子も埋まっている(しかし、カフェ目的での来客者はゼロだ)。  開店から早二週間。喫茶店用では無い椅子が、店内に五、外に二十ほど増加した。  全部埋まっている事も珍しくない。  では、ローラは懸命に働いているのか……? 否である。  ローラは、人間に簡単な暗示をかける事が可能だ。  そのため、マッサージスペースに呼んだ後、ぼんやりさせて、マッサージをした気分にしてから、最後としてパンパンと除霊を行い、「終わりましたよー」として完了している。初日の一人目以降、一回もマッサージを実際にはしていない……。僕は何も言うまい。上手いマッサージをしたと暗示で思い込む方が、下手くそなローラのマッサージを受けるより、あるいは幸せなことであると思うから。  そんなこんなで、僕は、藍円寺さんとは、どんな人なんだろうと思いつつ、リストの管理に追われていた。  今日は、雨だ。比較的雨足が早いせいなのか、客も少な目だった。  閉店作業をしつつ、それでも一枚に三十名名前が書ける所、三枚も埋まっているのだからすごいよなと思う。一人しかマッサージ師はいないが、客は複数いると信じている。だから回転の速さを誰も疑問に思わないらしい。そういう暗示も混じっているのだ。 「ん」  僕は、外扉の窓を吹きながら、動きを止めた。  非常に強い思念を持つ人間が、この店に向かって歩いてきたからだ。  ――何というか、霊能力と俗に呼ばれるような力が強い人物の場合、他の一般人よりも、僕には、はっきりと心が読み取れるのである。さらに強力な力を持つ場合は、見えないように遮断されるので、一切読めなくなるが、多くの場合はダダ漏れに感じる。  僕は目を閉じて、雨の中を歩くその人物を透視した。  黒い傘をさしている。  目的地は、確実にこのお店だった。  気配を感じて振り返ると、ローラが僕を見てニヤリと笑った。 「開けておけ。最後の客だ」  頷きながら、僕は扉の鍵を回した。  そして、ささっと、まだ開いている風に、各箇所を整える。  そうしていると――ギギと音を立てて、扉が開いた。  傘を閉じながら入ってきた客を、僕とローラは、ほぼ同時に見た。 「まだ、開いているか?」 「ええ、開いていますよ」  答えたのは、ローラである。  入ってきた黒髪黒瞳の青年は、切れ長の目を僅かに細めると顎で頷いた。  第一印象は、『偉そう』という感じである。物言いも、どことなく上目線だった。  ――僕には、それが意外だった。先程まで読んでいた彼の内心と、著しく違うからだ。

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