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第35話

 それから僕は、好奇心で、藍円寺さんについての情報を収集した。  何でも、廃寺に近い藍円寺の住職さんは――……除霊でご飯を食べているらしい。  凄腕のお祓い屋さんなのだと評判だ。  藍円寺をキーワードに、やって来たお客様の心を読むと、ほぼ十割、そんな評価が出てくる。うちに来る住職さん――藍円寺享夜さんは、三人兄弟の末っ子らしい。末っ子とは言うが、年齢は今年で二十七歳だと聞いた(読んだ)。  この土地のすごい所は、当初に聞いていた通りで、心霊現象を受け入れている住人が多いという所である。そちらをキーワードに検索すると、『名門・玲瓏院』と、最初に出てくる。そちらが、元々の藍円寺さんの本家でもあるらしい。  先祖を遡ると、玲瓏院家もお寺だったらしく、そこから別れたのが、この小さな集落の藍円寺なのだという。だから分家みたいだ。玲瓏院の方は、あんまりにも除霊能力に長けすぎていて、その昔、時の偉い人に『今日から、寺ではなく院と名乗るように』と言われたという経緯により、玲瓏院になったらしい。そういった逸話が大量にあるようだ。  なお、二番目にすごいのは、『御遼神社』の人々らしい。三位以下からの評価は、人によって違った。多めの三位評価は、『瀧澤教会』という所だったが。多宗教な土地だ。  その藍円寺さん――凄腕除霊師らしいし、実際に僕から見ても非常に特筆すべき膨大な霊能力を持っているのは間違いないが……僕達が妖怪だとは気づいていない。僕には、すぐにその理由が分かった。藍円寺さんは、”視えない”のである。視覚的な話だ。ただし彼は、気配を感じ取る事が出来る。なので、視えなくても、存在するのが分かるのだろう。  が、僕らは、常に妖怪バレしないように、人間の気配を創り出して放っている。さらに僕らの方が圧倒的に力が強い。だから、藍円寺さんに気づく事は、基本的に困難なのだ。  そんな藍円寺さんは、心を読むと、いつもどちらかというと、ビクビクしている。  しかし外面は、やはり、上から目線が多い。  眼差しも冷ややかで、見下している風だ。  切れ長の瞳を細める時なんて、その気は無いのだろうが、睨んでいるようにしか見えない。薄い唇の端を持ち上げた所を見ると、嘲笑されている気分になる。しかしこれもめったにない貴重な笑顔であり、基本的には仏頂面だ。  最近では、ちょくちょく訪れるが、いつも閉店間際である。ただ、少しだけ最近時刻が早い場合もあって、その時、ごくたまに待っていてもらう時がある。そんな時の彼――即ち今もそうであるが、長い足を組み、腕を組み、周囲に『近づくな』『話しかけるな』というオーラを全力で放出しているように見える。  怖くて話しかけづらい。間違いなく、僕が街の人ならば、会釈程度で後は避ける。  今日の藍円寺さんは、ボタンのあるラインに柄が入ったシャツと、ジーンズだ。いつもよりもラフな格好である。しかしながら、実際の内心は兎も角として、表情は不機嫌極まりなく、今にも世界を滅亡させそうな、何でも射殺せるような目つきだ。ちなみに、内心の方は、  ――もう無理、肩重すぎる、これだから街コンとか人混みなんかに行くんじゃなかった……けどな、俺も、そろそろ童貞を脱出したいしな……カノジョ欲しいんだよ……うああ……なんで出来ない……何が悪い、いや、それより、頭・首・肩・背中・腰、全部痛い、重い、最悪。何なんだろうな、コレ本当。人混みに行くたびにコレって、俺もしや、集団恐怖症とか患ってるのか? 兄貴に見てもらうべきか? えー? あの万年人が来ない精神科のクリニック経営者に? 腕が怪しすぎる。  と、彼は考えている。別に世界を滅ぼすつもりなど無い様子だ。  その上、本当にマッサージを気に入ってくれているリピーターさんである。  まさか自分が、エロ吸血行為を都度されているとは思うまい……。  彼の童貞脱出は、多分そう遠くないと僕は確信している。  さて、本日も最後に――藍円寺さんの番が来た。

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