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第39話

 なお、その数日後、ローラの機嫌の良さは、最高潮に達した。  理由は、一つだ。  ついに、藍円寺さんを食べたのである(性的な意味で)……。  さすがに、性行為時は、僕にも配慮というものがあるので、そっと席を外した。  外に出て、窓を無駄に拭きながら、CLOSEの看板を出した事を何度も確認してしまった。二人が今頃繋がっているのかと考え、最近自分はご無沙汰だなと改めて思った。  僕だって、肉欲は、ある。妖怪といえど、僕の体の作りは、さして人間と差異が無い。出したくなる事もあるし、自慰の回数も、多分一般的な人間と比較して少ない方ではない。どちらかというと、僕は自分的には、性欲が旺盛だと考えている。  しかし……相手がいないのだ。  藍円寺さんに、この一点でのみ、僕は非常に共感を覚える。  ローラに突っ込まれたいとかは、一回も思った事は無いが。  できれば可愛く綺麗で優しい女の子に、突っ込みたいのである。  僕は別に処女性にこだわりがあるユニコーンといった妖怪では無い。  そんな事を考えていた夜から――……一ヶ月程経った現在。  一転して、ローラの機嫌が最悪になった。  ヤった後も二回、藍円寺さんは来店したのだが、その後、ピタっと来なくなったのだ。来た頻度で言うと、ヤった日の翌々日と、次週に一回来て、以降それっきりである。もう、三週間来ていない。初回の次から一週間に最低一回、実際には週に何度か来ていた藍円寺さんが、来なくなってしまったのだ。  食欲旺盛なローラに限らず、これには店番である僕も気になってしまう。  何かあったのかな?  そう思って、お客様の心を読む作業をしてみるが、特に藍円寺さんの変わった情報は出てこない。藍円寺さんは、沢山の人に知られているが、そう親しい人が多い様子でも無い。 「……あー、やる気が出ない」  イライライライラしているローラは、長く端整な指先で、タンタンタンタンとテーブルを叩きながら、貧乏ゆすりをしている。紐付きの革靴が、先程から爪先で床を蹴りつけている。見かねて、僕は言った。 「藍円寺さん、どうしたんだろうね?」 「知らん。知るか。興味無ぇよ」  ローラは表情を変えなかった。  しかし――この反応を見て、僕はちょっと驚いた。  実は、僕が知る限り、ローラは俗に言うツンデレなのである。  本当に興味が無かったら『会えなくて寂しい』とか言い出すタイプだ。  だが、こと本気で気になっている場合、何故なのかローラは、冷たい対応になる。  そのため――彼は、長いこと、特定の恋人が出来ていないのである。  決して下半身が緩くて、浮気性で、長続きしないわけではないのだ。  食事の事情として、確かに体を重ねる人数は多い彼だが、特定の相手ができると、ぴたりとその人以外との行為は止まる。そこで僕は気づいた。考えてみると、ローラは、藍円寺さん以外のお客様に、手を出していない。あ。 「……」  僕は言葉を探した。ローラが、藍円寺さんを無意識にしろ気になっていると、たった今気がついたからだ。全然想定していなかった。僕の中で、ただの食事だと思っていたら、いつの間にか、ローラの中では、LOVEが進行していたのだ。  さて。  この日の食卓においては、逆に火朽さんが、尋常ではなく上機嫌だった。 「何かあったんですか?」 「ええ。例の無視の件ですが、解決しまして――呆気ないものでした」  満面の笑みを見て、僕は、彼が何をしたのか怖くなった。  瞬間的に青褪めた僕に気づいて、火朽さんが首を振る。 「何もしていませんよ。無視されていた理由が分かったんです。そもそも無視というのが正確だったのかも分かりませんが。今では、円滑にコミュニケーションが取れていて、僕は満足しています」  良かったですねと頷きつつ、僕は、その人物もまたツンデレなのだろうかと思案した。  けど、世の中には、そんなにツンデレ人口が多いものなのだろうか?  僕には、あんまりよく分からない。どちらかといえば、僕は素直だ。  そんな風に考えながら、僕は手を合わせて、食事を終えた。

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