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第49話 chapter:閑 黒猫①

 ――黒猫が目の前を横切ると、不吉だと聞く。 「可愛いな」  しかし、そんな迷信を俺は信じない。  比較的、俺は動物が好きな方だ。  なのに動物達は俺を避ける……。  けれど――特にこの黒い街猫は率先して俺の前を横切っていく朝が多いから、俺の心の癒しの一つだ。  そんな事を考えながら、葬儀の帰り道、和装姿でそっと俺は屈んで手を伸してみた。すると俺の指先を舐めた後、猫は静かに通り過ぎていった。  横切るというより、俺の後方へ。  視線だけで振り返り、それを見送ってから、俺は歩みを再開した。  そして、俺の中の天使であるローラがいる、Cafe絢樫&マッサージへとまっすぐ向かった。  繰り返すが、『天使』だ。  その天使に対して、俺は邪な思いを抱いている(多分)――なにせ最近のオカズ……夜のネタは、ローラばかりだ。  ……俺って、同性愛者だったんだろうか?  断じて違うと思う。慌てて首を振ると、髪が揺れた。そろそろ切りに行こうか。  やはり、見た目は重要だ。特にローラのような美青年(天使)の隣に立つならば。  って、あれ、いや、違う、隣に立つって俺の思考、止まれ!  これじゃあ、完全に恋煩いだ。  客と店員の恋は、世の中にはありふれているのかもしれない。  だが、同性同士の客と店員の恋は、決して多くはないというか……想われている側が困惑すると、俺は確信している。  きっと俺の気持ちを告げたら、最悪出禁――ローラは俺を避けるだろう。  いや、だから待て、俺。俺の気持ちって……。  思わず俺は、頭を抱えた。完全にこれは、恋だ。  そう考えると、酷い胸騒ぎに襲われ、体が震えた。  ドクンドクンと煩い心臓、ローラの天使のような笑みを思い出すだけで熱くなる俺の頬。  ――反して、嫌われたくないから、この気持ちは絶対に一生しまっておかなければならないとも思ってしまう。 「恋って辛いんだな……あ」  ついに俺は、口に出してしまった。完全に、『恋』と口走っていた。  ここまで来たら、認めるしかない。  俺は、ローラが大好きらしい。  すっかり恐怖が消えたCafe絢樫&マッサージに到着した俺は、いつもより別の意味で緊張しながら、少しだけ憂鬱な気分と、けれどそれを越えるローラに会える嬉しさを、同時に胸に抱きながら、扉に手をかけた。 「いらっしゃいませ、Cafeですか? マッサージですか?」  すると砂鳥くんが、いつもと同じように声をかけてくれた。  俺はこの店で珈琲を飲んだ事は無い。  だから俺もまた、いつもと同じように、『マッサージ』と答えようとした。 「藍円寺さん、いらっしゃいませ」  ローラが顔を出したのは、その時の事だった。  ひょいと店の奥から顔を出したローラを見た瞬間――俺は口走っていた。 「好きだ、ローラ!」  ……え?  ……あれ?  押し殺すはずだった恋心を、俺は明確に口に出していた。  告白していた。  俺の言葉に、ローラが猫のような瞳を丸くしている。  その時、何故なのか、最近毎朝俺の指を舐める黒い街猫の瞳が、俺の脳裏をよぎった気がした。 「――そこまで俺のマッサージを気に入って頂けて嬉しいです。さ、こちらへ」  するとローラが柔和に微笑した。  ……。  ま、まぁ、普通はそう捉えるよな――そう考えたら、俺は思わず真っ赤になってしまった。

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