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第50話 黒猫②
気づかれなくて良かったという思いと、口に出した途端これまでよりも募ってきた恋情で、俺の頬は非常に熱い。
表情を見られないように、俯いて誤魔化す。
「――俺の事が好きなんだろ? 『そうだろ?』――早く来い、『命令』だ」
その時、ローラの声がした。
すると、何故なのか俺の思考がぼやけた。
これは――”いつもの事”だ。
ああ、いつもの夢が始まるらしい。
奥の寝台へと手を引かれながら、これから俺は、『いつもの通り』の夢を見るのだと、直感的に理解していた。マッサージが終わると、必ず忘れてしまう、幸せな夢だ。
ローラが俺を抱きしめる。
――その時、砂鳥くんの声を聞いたように思った。
「ローラって、本当に悪魔だよね」
「ん? 俺は吸血鬼だ」
「性格が」
「――どういう意味だ? 俺以上に優しく巧みな愛撫をする吸血鬼はいないと思うぞ」
「藍円寺さんが、僕や他のお客様がいる、公衆の面前で、いきなり告白するなんて……一体何をしたの?」
「別に? 俺は吸血鬼だから、猫にも変身可能ではあるが、それが何か? 他の客は、何も聞いた記憶が無いらしいぞ? そういう『暗示』をかけてやった」
ニヤリと笑ったローラが、俺の顎を持ち上げる。
「藍円寺が歩いている所に通りかかったのはたまたまだ。確かに、『俺に気持ちを伝えろ』とは『思った』けどな」
「ローラが強く思ったら、自動的に暗示が発動するんじゃないの? ああ、けど」
「なんだよ?」
「――気持ち、かぁ。気持ちは変える事が出来ないし、藍円寺さんも、本当にローラの事が好きみたいだね。外見からは想像もつかないけど」
「外見からも想像できる。俺を見ると、真っ赤だろうが?」
「ローラのそこまで嬉しそうな顔は、僕、久しぶりに見たよ……お幸せに」
「言われなくてもな」
「天使の外面だけど、中身が悪魔ってバレないようにね」
「うるさい」
二人のやりとりは、曖昧模糊とした意識の俺の耳には、上手く入っては来ない。
ただ、ひとつだけ、強く理解している事がある。
俺は――……。
「ローラ……好きだ」
……――ぽつりと俺が呟くと、ローラが不意に動きを止めた。
短く息を飲んでいる。
それから――俺の腕を引き、ローラが俺を抱きすくめた。
「俺はあんまり言わない。だから、一度だけ言う。とりあえず、一度だけ」
「……」
「俺も好きだ。二度目は――悪魔の俺を受け入れた頃、きちんと意識がある時に言ってやるよ」
耳元でそう囁かれた後――そこから、俺の意識は完全に不清明になった。
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