2 / 19

第26話 【番外】afterwards① …… その後

 ――体が熱い。ドロドロに熔けてしまいそうな感覚がする。 「ぁ……ッ、ぅ……ん、ァ……」  じっとりと汗ばんだ俺の体に、髪の毛が張り付いてくる。丹念に二時間も解されていたから、痛みも何も無い。ヒースに現実で貫かれるようになって、即ち現実でもしっかりとした恋人同士となってから、今日で丁度一ヶ月だ。 「っ、ぁ……ひ、ッ、ッッ……う、うあ……あァ」  強い快楽からも涙は浮かぶが、それ以上に、繋がれる事が幸せで、満ち足りた気分から、俺は思わず瞳を潤ませた。正面にあるヒースの首に、俺は思わず腕を回す。すると、ヒースの動きが早くなった。 「ああ! ァ!! ンん――!!」 「辛いか?」 「あ、平気……だから、あ……ぁ、ァ……っ、ん――!」  ヒースが少し意地の悪い顔をして笑った。その獰猛な瞳を見て、ゾクリとした。 「あ、あ、あ、ああ!」  直後、ヒースが俺の感じる場所ばかり突き上げ始めた。激しく打ち付けられて、俺は体を震わせる。 「ダメ、ダメだ、そこ、ァ、そこ……ああああ! や、ぁ……あああ!!」 「嫌か? そう言うんだったか?」 「ん、ッぅ……あ……き、気持ち良い、あ、あ、もっと……もっと!」 「ああ」  その後ヒースが、俺の内部を何度も貫いた。ビクンと俺の体が跳ねたのは、それからすぐの事で、目をギュッと閉じて俺はむせび泣いた。快楽が強すぎる。頭が真っ白に染まり、中だけで果てた俺は、呼吸が上手く出来なくなって、快楽の漣に飲み込まれたままで、震えるしか出来なかった。  ◆◇◆  ――時は、一ヶ月前に遡る。  ◆◇◆  扉が開いた時、俺は硬直した。振り返るのが怖くて、ナチを見る。ナチは余裕の笑顔で、真っ直ぐに扉へと視線を向けていた。本当に強い……。  歩み寄ってくる靴の音がする。それは次第に早くなり、駆け寄るようにして――ナチの隣にマオが立った。 「ナチ!」  外見が変わっていないから、すぐに分かった。声も同じだ。ナチは満面の笑みだ。 「早かったね」 「ああ。早くナチに会いたくて仕方がなくてな」  どこか照れくさそうに、嬉しそうに、マオが表情を和らげた。その後をゆっくりと歩いてくる気配がして、その気配がマオの一歩後ろで止まった時、俺は勇気を振り絞ってそちらを見た。心臓が煩い。チラリと視線を向ければ、そこには、ゲーム内と同じ姿のヒースが立っていた。無論アバターではない。洒落た焦げ茶色のコートを着ている。  ヒースはマオとナチの方を見ていた。なんと声をかけたら良いのか、俺は心拍数が凄い状態になりながら、必死で考える。その時、ヒースが実に何気ない調子で俺に顔を向けた。  ……本物、だ。  ドキドキしてしまい、俺は唇に力を込める。会えた事が嬉しすぎて、それだけでも幸せな気分だ。マオがナチの隣の椅子をひくと、ヒースが俺の隣まで歩み寄ってきた。 「珈琲を頼んでくれ。ホットで」 「うん……!」  緊張した様子も何もなく、至極いつも通りという風に、ヒースが俺の隣に座って言った。反射的に俺はメニューに手を伸ばす。 「元気だったか?」  俺は注文を終えてから、ヒースに聞いた。必死で会話をひねり出したのだ。するとヒースが小さく首を傾げた。 「毎日連絡を取っているだろう?」 「そ、そうだな」  緊張がピークに達している俺は、必死で笑顔を浮かべる。何を話そう。嬉しさと緊張の狭間で、俺は言葉を探した。  確かに俺達は、毎日トークアプリで連絡をとっている。ただ、たわいもない話をする事が多い。ヒースは以外とマメで、朝と夜は必ず『おはよう』と『おやすみ』を送ってくれる。俺は、その日食べたものの話などを主にしている。 「――緊張しているのか?」 「え」  バレてしまった。思わず俺は赤くなり、オロオロと視線を彷徨わせた。ヒースは、そんな俺をじっと見ている。 「俺はしてる」 「え?」 「ずっと会いたかったからな」  そんなやりとりをしていると、珈琲とミルクティが届いた。どうやらマオも注文していたらしい。ヒースに意識を集中させていたから、マオとナチの事を一瞬忘れていた。そちらを見ると、二人は俺達の方に顔を向けていた。 「全然緊張してるようには見えないけどな」  珈琲のカップに手を伸ばしたヒースへと視線を戻して、俺は素直な感想を述べる。ヒースはまるで、恋人同士になる前の、俺の家に入り浸った初期のような表情だ。つまり、いつも通りだ。 「ゲームと全然変わらないし」 「――お前と話すようになって最初の頃、ずっと今と同じ気持ちだったからな。表情も同じかもしれないな」 「へ?」 「ネジと二人きりになれるだけで、どれだけ俺が舞い上がっていたか、全くお前は気づいていなかったらしいからな」  それを聞いて、俺は目を丸くした後、再び真っ赤になってしまった。 「そういえば、ヒースって名前の由来はなんなの?」  その時、何気ない調子でナチが言った。顔を上げた俺の隣で、ヒースが答える。 「苗字からとったんだ」 「まさかの本名?」 「いいや。荒地(アラチ)と言う姓なんだ。荒地(あれち)の事をヒースと言う」 「なるほどねぇ」  ナチが頷くと、そちらの隣で実に嬉しそうな顔をしているマオが、今度は俺を見た。 「ネジは?」 「俺は本名からリアルでつけられた渾名をそのまま使ってた」 「そうか。それはそうと、あ、その……この後なんだけど、俺はナチに大切な話があって、二人で話したいから……ええと」  マオがチラリとナチを見ていう。俺は確信した。先ほどナチが話していた『リアルでの告白』が行われるのだろうと。 「分かった。俺は――……」  帰ると咄嗟に言いかけたが、折角ヒースに会えたのだ。もう少し俺も、話がしていたい。 「ネジは俺と来い。今夜は、泊りがけで来ているから、ホテル――」  ヒースが腕を組んで俺を見た。  ホテル……その言葉に、俺は動揺した。頭の中で、ゲーム内での夜毎の関係が即座に浮かんできた。毎日俺は、喘いでばかりだった。 「――の、レストランに予約を入れてある」 「レ、レストランか」  俺の考えすぎだったようだ。体を繋ぐのかとばかり考えていた自分が恥ずかしい。ヒースは緊張していると言ったが、余裕あるようにしか見えない。 「ただ少し時間が早いから、少し部屋で話でもするか」 「うん」  話……。うん、会話だ。俺が望んでいたものだ。頷きながら、俺は席を立つ。するとヒースが財布を取り出した。そして一万円札をテーブルに載せた。それを見ると、ナチが半眼になった。 「ヒースも金銭感覚がおかしい人なの? マオも大概だけど。珈琲一杯が、そんなにするわけないよね? 俺の実家は、ぼったくりカフェじゃないんだけど」 「崩してこなかったんだ。お前達二人の交通費と四人分の代金として使ってくれ。どうせマオの話は長いんだろうから、まだ飲み物も頼むだろう?」 「貧乏大学生の俺にはありがたいけどね。分かった。じゃあ精算したら、あとでネジにも渡しとく」  ナチは何度か頷き、サクっと紙幣を受け取った。マオは何も言わない。ナチの横顔をほうけたように見ているだけだ。 「行くぞ」  ヒースが立ち上がった。俺は、定期があると言いそびれた。  その後、俺は立ち上がり、椅子にかけておいたコートを着て、マフラーを身につけた。そろそろ新しいマフラーが欲しい。  こうしてヒースと共に、ナチの実家であるカフェを後にした。

ともだちにシェアしよう!