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第27話 【番外】afterwards② …… リアルのプロフィール
ヒースとマオが今夜泊まるというホテルは、モノレールでふた駅隣にあった。地方都市であるし、時間帯的に、そこまで混雑していない車両の中で、俺とヒースが扉脇に立つ。座る事も可能だったが、ヒースが立っていたから、俺もその隣に立った。
「この辺りは寒いな」
今はもう冬だ。七月の終わりにログアウト不可になり、十月の終わりにログアウトし、それから一ヶ月。もうすぐ十二月だ。街路には、クリスマス仕様の飾りが並んでいて、窓からは近隣の公園に設置されたイルミネーションが昼だというのによく見える。
「ヒースは、新東京に住んでるんだったよな?」
「ああ。この県に来たのは初めてだ」
ここ、氷山市は、何年か前に都市整備がなされた、新興都市だ。新東京とは、最新型モノレールで繋がっていて、大体一時間半程度で移動可能だ。
「そろそろ雪が降る季節なんだよ」
「どのくらい降るんだ?」
「多い時は1mくらいかな」
「新東京なら交通が麻痺するな」
そんな雑談をしていると、すぐに目的の駅についた。全国共通の、電車や自律型自動車、バス等に乗車する際に使うカードで、俺達は改札を抜けた。氷山市の中でも特に栄えている場所で、俺の通う大学にも近い。ホテルは、その駅のそばにあった。外資系のホテルで……所謂高級なホテルだ。
「ヒースはお金持ちなんだな」
「そんな事はないぞ」
「だってさっきも一万円なんて……それにこのホテルも」
「ここは、マオの会社と提携しているんだ」
「そうなのか?」
俺はマオの個人情報は全然知らない。だから首を傾げると、ヒースが歩きながら続けた。
「あいつは今、外資の保険会社の営業をしてるんだ。それである程度時間に自由がきく。個人裁量が大きいそうだ」
「へぇ。そういえば、ヒースは何をしてるんだ?」
考えてみると、俺はヒースの事が知りたくて、趣味を聞いたり、好きな音楽を聞いたり、色を聞いたりと……完全に初恋をした小学生みたいな質問ばかり繰り返していたので、トークアプリでは全然、普段の職業などは聞いた事が無かった。基本的に、俺に関しては日常生活をポロポロ話していただけであるし。
「院生だ」
「院生?」
「大学院でまだ勉強中だ」
「頭がいいんだなぁ。専攻は?」
「VR医療だ」
「え」
俺は驚いた。VR医療というのは、VR経由でドローンを遠隔操作して、僻地などの医療を行う専門職だ。非常に難関資格だと聞いた事がある。VRによる医療が増えた現在では、医学部は六年制ではない。ただし、資格を取るまで卒業できないという話だ。
「すごいな……」
「何が?」
「なんていうか……」
隙がない。俺なんて、ごくごく普通の大学生だ。ゲームの中でもガチ勢とエンジョイ勢という溝があったが、リアルでも俺達はレベルが違うような気がした。ヒースはリアルもまたガチ勢らしい。
そんな話をしていると、ホテルに到着した。レトロな回転ドアで中へと入ると、受付に向かったヒースが鍵を受け取った。その後俺達はエレベーターホールへと向かい、七階まで上がった。扉が開いてから、俺達は廊下を歩き、部屋を目指した。
「ここだ」
部屋の前に立ったヒースが、鍵を開ける。扉を開けてくれたヒースをちらりと見てから、先に俺が中へと入った。正面にはソファとテーブルがあり、奥には大きなベッドが一つある。こんな高級ホテルに入ったのは、修学旅行以来である。物珍しくて見ていると、背後で扉が閉まる音がした。
「っ」
直後、後ろからギュッと腕を回された。抱きしめられて、俺は目を見開く。
「ずっと会いたかった」
「ヒース……俺も……」
思わず照れながら、俺はヒースの腕に両手の指先で触れた。するとヒースの腕の力が強まった。ギュッと抱きしめられ、ヒースの体温を感じていると嬉しくなってしまう。
俺が振り返ろうとすると、僅かにヒースが腕を緩めた。だから今度は正面から向き合うと、腰を抱き寄せられて、もう一方の手では顎を持ち上げられた。そして、じっと覗き込まれる。
「キス、しても良いか?」
「う、うん……」
ゲームの中では、ヒースはそんな事は聞かなかった。緊張しながら、俺はヒースの顔が近づいてきたので目を伏せる。そうしていたら、唇に触れるだけのキスをされた。柔らかな感触に、胸が騒ぐ。静かに目を開けると、ヒースが今度は正面から、俺を抱きしめた。
「愛してる」
それから何度も啄むようにキスをされた。頬に手で触れられ、顔を僅かに傾けたヒースが、目を伏せている。何度か目を開けて、俺はそれを見た。整った顔立ちのヒースは、端的に言って、格好良い。どうして俺が好かれているんだろうか。不思議な気分になってしまう。ヒースなら、ゲームの中だけじゃなく、リアルでもモテそうだ。
「そうだ。土産を買ってきたんだ」
キスが終わると、ヒースが微笑した。胸が高鳴る。この笑顔は犯罪だ。不意打ちは卑怯だ。直接顔を合わせてからの、最初の笑顔だ。
「座るか」
こうして俺は、ヒースに促されてソファに座った。対面する席に座したヒースは、卓上にあったカップをひっくり返す。
「あ、俺がやるよ」
「良い。さっき、珈琲を頼んでくれた礼だ」
ヒースはそう言うと、紅茶を二つ淹れてくれた。優しい。ヒースの優しさは見えにくいと思っていたが、今は違う。俺はお礼を言ってカップを受け取る。するとヒースが隣に置いてあった鞄から、箱を二つ取り出した。片方は大きく、もう片方は小さい。
「甘いものも好きだと言っていただろう?」
最初に大きい箱を渡された。受け取りながら苦笑する。
「気を遣ってくれなくて良かったのに」
何せ俺は、なんにも用意をしていない……。心苦しくなりながら箱の包装紙を見たら、そこには俺でも知っている高級なチョコレートのお店のマークが記されていた。
「実家から腐るほど届いてな」
「え?」
「俺の実家の店なんだ」
「!? へ……? ヒースの実家って、ここなのか?」
「ベルギーのチョコレート会社と提携している、日本の会社を父が経営しているんだ」
すごい。セレブだ……。唖然としてしまう。何せ食べる宝石と名高いチョコレートである……。
「今は弟があとを継ぐ予定で、経営の勉強で留学している」
「へ、へぇ……」
震えそうになった。格差を感じずにはいられない。我が家は、ごくごく平均的な一般家庭であり、父は会社員、母はパートをしている。だ、だが! 別段ヒースのプロフィールに、俺は惚れたわけではないのだからと、気分を切り替える事にした。
「ちょっと意外だな。なんとなくヒースって、一人っ子かと思ってた」
「よく言われる。どうしてだ?」
「イメージ」
「答えになっていないな。ネジは、兄弟は?」
「妹が一人と、弟が二人いるんだ」
「お前はイメージ通りだな」
「え?」
「面倒見が良いから、下に、妹弟 がいるのかと思ってたんだ」
そういうものかなと、俺は首を傾げる。確かに幼少時は母もパートではなく会社員で、不在の時が多かったから、俺は妹達の面倒はよく見ていたかもしれない。
「――ナチとは、大学の同級生なんだったな?」
「うん。学科が同じで、オリエンテーションの時に知り合ったんだ」
「そうか」
「マオとヒースは?」
「俺達も大学の同級生なんだ。学科は違ったが、いくつかの講義が一緒だった」
俺は頷きながらそれを聞いていた。
その後、レストランの予約時間になるまでの間、俺達はずっと雑談をしていた。なお小さい方の箱には、マフラーが入っていた。俺が、新調したいと話していたのを、覚えていてくれたらしい。
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