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第29話 【番外(それぞれ】afterwards④ …… 報告会

 ホテルのイタリアンレストランで食事をした後、俺はヒースに駅まで送ってもらった。そして、次の週末にまた会う約束をした。次もヒースは泊りがけで来るそうで――その時は、俺の家に泊まる事になった。  翌日俺とナチは、ヒースとマオの見送りに出かけた。二人がモノレールに乗るのを、ずっとホームで俺とナチは見ていた。  その後、モノレールが走り出してから、俺とナチは顔を見合わせた。この後は、二人で喋ろうと約束している。……お互いの、報告・感想会である。俺達は、ナチの実家が経営するカフェに、いつも通り向かった。 「で? ネジはどうだったの?」  カフェで飲み物が届いて早々に、ナチに聞かれて、俺は赤面した。目を閉じて、昨日の事を思い出す。何度もキスをしてしまった……。触れるだけのキスだったのだが、俺の心臓は思い出すだけで、動悸が酷くなる。 「ヤった?」 「へ!? い、いや? そ、その、恋人同士だって確認したというか……え? ナチとマオはどうなったんだ?」 「……」 「恋人同士になったのか?」 「うん」 「おめでとう……あ、指輪」 「マオがくれたんだよ。重いよね。でも結婚したいって言った俺の方が重かった自覚があるよ」 「け、結婚!?」  俺はそこまでは何も考えていなかった。ナチは凄い。 「所でナチ。首、どうしたんだ?」  ナチは本日、首に絆創膏を三枚も貼っている。不思議に思って尋ねると――ナチが一瞬で真っ赤になった。 「え、あ……べ、別に?」 「それになんか、今日のナチは雰囲気が違うな」  なんとなく、艶っぽく見える。そこで俺は、過去に、ナチに言われた言葉を思い出した。  ――ヤると色っぽくなる人がいるらしい。 「ナ、ナチ? ヤったのか……?」  察して俺が目を見開くと、ナチが頬を染めたままで、小さく頷いた。ポカンと口を開けた俺は、何を言えばいいのか分からなくなった。俺まで赤面してしまう。 「あーあー。早く週末にならないかなぁ。マオに会いたい」  ナチ達も、今週末にも約束をしているようだ。俺もヒースに会いたいので、ココアを飲みながら頷く。ただ……次は、ヒースは俺の家に泊まるのだ。一晩、一緒だ。俺達も……ヤるのだろうか……。そう考えると、胸が煩くなってしまった。  瞬きをする度に、ヒースの顔が脳裏をよぎるから困る。俺は相当、ヒースの事が好きらしい。ヒースは、どうなんだろう。ゲームと違って、現実の俺達は、いいや、ゲーム内でもそうではあったが……釣り合わないような気がして怖い。  それでも俺は、ヒースが好きだから、俺に出来る範囲で、努力していこうと考えた。  ああ――週末が本当に待ち遠しい。  ◆◇◆  ――モノレールの車内。ヒースとマオは、指定席に並んで座っていた。  膝と腕を組んだヒースは、顔が蕩けているマオを見て、僅かに呆れ顔になった。 「嬉しそうだな」 「嬉しいからな」  ついに恋人同士になる事が叶い、その上結婚の約束まで出来て、マオの心の中は桃色である。ヒースはそれを見てから、長めに瞬きをした。思い出すのは、ネジの事だ。  男ながらに、美人という言葉が似合う気がする。漸く再会……いいや、現実で新しく出会う事が出来た恋人は、あんまりにも愛らしかった。会った直後から、抱きしめたい衝動に駆られたが、人目があるからと自制し、ホテルまで我慢した自分を、ヒースは褒めたい気分だった。  ゲーム内とは異なり、緊張から真っ赤になって震えていたネジ。その赤くなった頬を見ていたら、すぐにでも押し倒したくなってしまったほどだったのだが――余裕がない事を悟られたくなかった。ネジの事を、大切にしたい。  別段、顔に惹かれたわけではない。初心者の頃に助けられ、その後のネジを見ていて、気づいたら惚れていたのだ。こんなにも他者を愛する日が来るなどとは、ヒースは考えた事も無かった。  ――これは一昨日の話であるが。  出発前、ヒースとマオは、新東京のヒースのマンションで、ソファに座っていた。横長の白いソファーが二つ有り、中央には背の低い長方形の焦げ茶色のテーブルがある。その上に、ヒースがアンチョビを載せたバケットや、アボガドのサラダを並べ、マオは持参した酒をグラスに注いでいた。  その後、お互い顔を見合わせた。二人は対面する席に座り、どちらもどことなく緊張した顔をしていた。膝を組んだヒースが、その上に組んだ手を置いた時、マオが言った。 「あー、緊張する。ナチの答え……ああああ! 脈はあると思うんだよ。でもそれは、ログアウト前だってそうだったんだ。でも、どうだろうな。ナチ、俺と付き合ってくれると思うか?」 「さぁな」  ヒースは答えながら、ネジの顔を思い出していた。自分達は既に恋人同士であるが、改めて現実でも告白した方が良いか思案する。しかし、そうして否定されたら立ち直れない自信がある。だから、二人になったら、まずは気持ちを伝えようと決意していた。 「お前達は付き合ってるから余裕でいいよな」 「別に俺も、余裕があるわけじゃない」  マオが仕事帰りに、ヒースの部屋に遊びに来る事はよくある。ヒースの家には、VR接続用の装置が揃っているため、自宅よりもゲームを楽しみやすいからだ。二人がグランギニョルの夜を始めたのも、このようにして雑談をしていた時に、何気なくゲームでもしようという話になったから開始したものである。  そして、ヒースはネジと出会ったのだ。  ――ああ、早く会いたい。  そんな夜を経た後、実際に会って、愛を囁いた愛しい恋人が、自分の腕の中で真っ赤になっていた姿、細身の体を震わせ、瞳を潤ませていた現実。ネジの事が愛おしすぎて、ヒースもまた顔がにやけそうになっていたが、必死で顔を引き締めたのだった。

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