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第34話 【番外】afterwards⑨ …… 好きなもの
「何処へ行くんだ?」
ヒースに貰ったマフラーを巻いて外へと出た時、ギュッと手を握ってそう聞かれた。
「モノレールに乗ってた時に、イルミネーションが見えたから、それがある自然公園に行こうかと思って。その……田舎だから、あんまり観光する場所もなくてさ」
俺が苦笑しながら答えると、歩きながらヒースが俺を見た。
「クリスマスを意識するなんて、ゲーム以来だな」
「俺も去年は、ナチとお祝いしてからログインしてイベントをしてた」
「お前達はいつも一緒だったな」
「ヒースとマオだってセットだろ?」
懐かしくなって俺は両頬を持ち上げる。するとヒースが、僅かに首を傾げてから、嘆息した。
「マオはナチと去年もイベントを過ごしたかったそうだし、俺だってお前と過ごしたかった」
「え?」
そんなに前から、マオはナチを好きだったのかと考えつつ、同時に俺は、ヒースがいつから俺の事を明確に好きになってくれたのか、そういえば聞いていないと思い出した。
「が――イベントボスが来たから、手一杯だった。エンジョイ勢は、チャット三昧で、俺とマオは連戦三昧だったな。それでも、お前達に会いに行こうと俺とマオは話して、お前達が集まっていたギルドホームそばの酒場に行ったんだ。合同だっただろ、ほかのギルドと」
「うん。でも、二人が来た記憶はないけどな。もし来てたら、大騒ぎだったと思う」
「道中で既に騒ぎになったから、諦めて連戦に戻ったんだ」
全く知らなかった。なので、小さく頷いてから、俺は疑問をぶつける事に決める。
「ヒースは、いつから俺を好きになってくれたんだ?」
「最初に助けてもらった時点から、意識していた。それから、ネジが支援する姿を見る度に惹かれて……同時に、支援されている初心者に嫉妬するようになった」
「そんなに最初から?」
「ああ、そうだ。何故連絡先を交換しなかったのかと、何度自分を呪ったか分からない」
歩きながら、俺は顔を背けた。頬が熱くなってきたから、照れている姿を見せたくなかったのだ。ヒースは相変わらず指に力を込めて、俺の手を握っている。俺は話を変える事にした。
「マオはいつからナチが好きなんだ? それに、理由とかきっかけとかは?」
「ナチは、聖術師のスキルで、よく怪我人を回復しているだろう? 見知らぬ相手の事も、そばにいれば。ナチは覚えていないんだろうが、マオは何度か回復してもらったらしい。それでスキル使用者の名前を覚えていて、いつか礼を言おうとしていたら、実際にたまたま遠くから顔を合わせて――一目惚れして、恋愛感情に変わったと言っていた」
なるほどなぁと俺は考えた。確かにナチは、度々ボスのそばなどでHPが減っているプレイヤーの回復をしていた。所謂、辻ヒールという行いで、ある種の支援だ。
「俺とマオはガチ勢と呼ばれるようになったが、お前達の方が先輩だ。助けられた」
「そっか」
「逆に聞きたい。ネジはいつから俺を好きになってくれたんだ?」
「俺は……頑張ってガチ勢になってく姿を噂とかで聞いてて、憧れてたというか……努力してるのすごいなと思ってて、それが『好き』って気持ちに変わったのは、ログアウトが不可になって、何度も助けてもらってからだ」
正直に答えると、ヒースがまじまじと俺を見た。
「体に絆されたわけじゃなかったのか?」
「え、違う。逆に、好きだから、ああいう爛れた関係はダメだと思ってた」
当時を思い出しながら吐息した俺は、吐いた息が白いのを見ていた。
「体だけでも欲しいと思った俺は不純だな」
「本気でココアを飲みに来たんだと思ってたからな、俺」
今となっては懐かしい。ログアウトが出来なかった状態の時こそ大変だったが、今の俺達にはリアルがある。付き合う契機となった、大切な思い出でもある。俺の言葉に小さくヒースが吹き出した。その柔らかな表情を見て、俺も微笑した。
――その後俺達は、自然公園へと到着した。主に青い光やプロジェクションマッピングで木々が彩られている。手を繋いで見て回り、大体見物し終わってから、俺達はプリザーブドフラワーが飾られた園内の付属カフェへと入った。
思い出作りも楽しいが、俺はもっとヒースと話がしたかったし、少し遅めだが昼食の時間でもあった。
「ここはホットサンドが美味しいんだ」
「どれがオススメだ?」
「俺は、この海老の奴が好きかな」
「じゃあ俺もそれにする」
ヒースはそう言うと、俺を見て優しい顔をした。
「ネジの好きなものが知りたいからな」
「っ、お、俺もヒースの好きなものを知りたい」
「そんなものは一つだ」
「何? どれ?」
俺がメニューとヒースを交互に見ると、テーブルの上にヒースが肘をつき、頬杖をついた。
「ネジ」
「なんだ?」
「俺の好きなものは、ネジだ」
最初、俺は何を言われたのか分からなかった。だが、理解した瞬間、茹で蛸状態とは、こういう事だろうかというほどに、赤面した自信がある。
「注文するか。飲み物はどうする? ネジは何が飲みたい?」
「……ヒースと同じ奴」
「俺と?」
「俺も、ヒースの好きなものを知りたいから。俺も、だ、だから――……好きなものは、ヒースなんだよ」
口に出すのは恥ずかしかった。だが、同じ気持ちなのだと、どうしても伝えたかった。思いのほか小さくなってしまった声。しかしヒースにはしっかりと聞こえたようで、ヒースは虚を突かれたような顔をした後、破顔した。
その後俺達は、ホットサンドと珈琲を頼んだ。
「面白味がなくて悪いな」
ヒースはそう言って笑っていたが、俺としては満足だ。
なお、夜の方が、やはりイルミネーションは映える。日が落ちるのも早いからと、俺達は夕暮れになるまでの間、そのままカフェで雑談をしていた。
「受験があるからあんまり出来ないにしろ、さ。なんだか、グランギニョルの夜がない生活が寂しくて、VRMMORPGをやりたいんだよな、俺。チャットだけで良いから」
思わず本音を呟いた。なお、両親には二度とやらないで欲しいと頼み込まれていたりもする。もしもまたテロ被害にあったりしたらと、恐怖しているのだ。心配されているのが、痛いほど分かる。
「俺とマオは、新しいゲームを始めたぞ」
「え!? そうだったのか!? 何やってるんだ?」
「『シュバルツの夜明け』というVRMMOPRGだ。ジェネシスには、SNSで希望者の攻略グループがあったんだ。だからギルメンで、何かやらないかという話になってな」
「反対とかされなかったのか? 家族とかに」
「されたギルメンは勿論やっていない。多くがされてるからな、俺とマオと数人だ」
それを聞いて、俺は目を丸くした。ゲーム名自体は、動画CMで見た事があるから知っている。半月前にリリースされた、新しいゲームだ。グランギニョルの夜と同じで、参加可能なのは男性のみだったはずだ。俺には二つ不安が生まれた。
「……テロが起きて、ヒースだけ目を覚まさなくなったら、俺、泣くからな」
「ルキは確かにまだ捕まっていないしな」
「うん。それとさ……俺の事、支援が理由で好きになったんなら……そのゲームでもさ……」
ヒースは誰かと出会ってしまうかもしれない。その相手は、俺よりずっと優れているかもしれない。一気に不安になってしまった。
「俺がお前以外を好きになると思うのか?」
「……」
「ネジ。俺の愛が信じられないか?」
「その……疑うとかじゃなく、不安でさ」
「お前が嫌だというならすぐにでも辞める」
「あ、いや、やりたいんだろ? ヒース、ガチ勢だし、ゲームが本当に好きみたいだし」
「――どちらかといえば、ネジが好きだから、ネジの前で恰好良くいるために極めてきただけだ。ネジがいないゲームに、そこまで興味があるわけじゃない。暇だっただけだ」
そう言って腕を組んだヒースは、俺を見据えた。
「それに今後は忙しくなるからな。ゲームをする必要もなくなる」
「え? 院で何かあるのか?」
「違う。休日はネジに会いに来るし、出来る限り勉強も教えると言っただろう?」
「うん」
「俺は毎日でもネジに会いたい。早く一緒に暮らせたら最高だけどな、そうでなくとも、もうトークアプリの文字列だけじゃ、我慢出来そうにもない。最初に会った時、そして今回、会えば会うほど、一緒にいたくなるから困ってる」
それを聞いて、俺の心が温かくなった。
「俺もヒースと毎日会えたら良いなって思ってる」
そんなやりとりをしながら時間を潰した後、俺達はカフェを出た。そして夜空の下で輝くイルミネーションを、日中とはまた違う気持ちで眺めながら、手をつないで歩いて回ったのだった。
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