ヒースが俺の家へとやってきた。もうヒースは、駅の乗り継ぎや、俺の家までの道順を覚えたからと、今夜は遅い時間だから迎えに来なくて良いと言って、俺には家にいるようにと話していた。 　だから俺は、ヒースが置いていった酒の瓶を確認しながら、料理の用意をしていた。ヒースは、俺が作るレトルトじみた簡単な品でも、喜んで食べてくれる。 『俺の事を思ってくれる気持ちが嬉しいんだ』 　と、前に言われた。俺は、誰よりもヒースの事を思っている自信はある。 　本日は、ちらし寿司を作った。一ヶ月目の記念日だから、いつもより少しだけ豪華にしたいと思ったのだ。ケーキも買ってみた。 　大学に行っていた時、ナチとは『記念日なんてだるい』と、話していたものだが、いざ自分の恋人が相手となると、無性に気になってしまう。 　本日俺は、プレゼントも用意した。何がいいかずっと悩んでいたのだが――プレゼントになるかは不明だけれど、キーホルダーを用意した……俺の家の合鍵つきの。いつでも会いに来て欲しいからだ。 　夜の十時半過ぎになって、俺の家のインターホンが鳴った。予定通りの時刻だったので、ヒースが来たのだと、すぐに分かった。 「ヒース」 「ネジ」 　ドアを開けるとすぐ、その場で抱きしめられた。やはり、VRの中で抱きしめられるより、本物のヒースの腕の中の方が、ずっと良い。俺はその方が好きだ。 　それからこたつへと向かい、二人で座った所で、俺は自分で包装したキーホルダー入りの袋を、ヒースに差し出した。 「記念日だから、これ」 「――俺からは、これを。開けても良いか？」 「うん。俺も開ける」 　俺達は、その場でプレゼントを交換した。ヒースからのプレゼントは、封筒だった。何が入っているのか、想像もつかない。封はされていなかったので、俺は中身を取り出しつつ、俺があげた方のプレゼントへの反応が気になって、ヒースをチラチラ見ていた。 「この鍵は？」 「え、あ、キーホルダーだけじゃ寂しいかと思って、サンプルに、だな。この家の鍵を……」 「合鍵か。良いのか？」 「うん」 　俺が頷くと、ヒースが嬉しそうに笑った。その笑顔が眩しい。 「大切にする――と、言いたいが、一年程度で返却するかもしれないな」 「え？　そ、それって……別れたくないぞ、俺」 「別れる？　何を言っているんだ。それよりも、俺の贈ったものを見てないな？　しっかりと確認してくれ」 「あ」 　中から出てきた紙を持ったままだった俺は、慌てて視線を向けた。そして、驚愕して息を呑んだ。 「こ、こ、これ！」 　そこにあったのは、婚姻届だったのだ。三枚あって、ヒースの側の名前などは全て埋まっている。 「書き損じても大丈夫なように三枚用意した」 「え……な、こ、これって……その……」 　俺は口をパクパクとさせた。婚姻届……？　信じられない思いで、何度も何度も見てしまう。 「この場で書いてくれ」 「!?」 「暫くは週末婚となるが、問題はないだろう。今は、VR婚も多いしな」 　VR婚というのは、VRでしか顔を合わせない結婚形態だ。週末婚は、つ、つまりは、今の俺達のように週末に会うという事だと思う。 「学生結婚は嫌か？」 「え？　嫌っていうか……」 「俺と結婚するのが嫌か？」 「そんなわけない！　俺はヒースとずっと一緒にいたいし、その……いつか結婚できたら良いなとは思ってた」 　同性婚が認められている世の中でもあるし、それを夢想した事はある。ナチもマオと結婚するというような話をしてはいた。最近は、アプリで話してばかりなのだが、ナチは大学卒業後は、マオの家で専業主夫になると話していた。本気かは知らない。 　ただ、学生結婚というのは、俺は考えていなかった。ナチだってマオと在学中に結婚する予定はなさそうだし、あまり一般的ではない。いや、それはともかく、両親や妹弟達にも伝えなければならないし、それはヒースのご家族にだってそうだろうし……結婚って、この紙に俺がサインするだけで良いのだろうか……？ 「え、え？　え!?　待ってくれ、ヒース。ご挨拶とかさ！」 「お前の家族と、俺の家族に連絡して、来月中に食事の席を設ける事にしてある」 「へ!?　聞いてない」 「今日遅くなったのは、それが理由だ。ネジのご両親は、ネジが良いと言うならば、食事に来ると話していた。俺の家族は、成人後は干渉しない。好きにしろと言われている」 　呆気にとられるしかなかった。まだ現実感がない。 「嫌じゃないなら、さっさと書け」 「う……うん」 　俺は鋭い眼差しのヒースを見て、渡されたペンを震えながら動かした。ちらし寿司の正面の空いているテーブルの一角で、必死で空欄を埋めた。押し切られて、流された――と、いうわけじゃない。俺も本心から、ヒースと一緒にいたかったからだ。 「出来た」 　幸い、一発で書く事に成功した。安堵していると、ヒースがその紙を俺から取り上げた。 「いつ提出するんだ？」 「明日役所へ行くぞ。幸い月曜日だしな」 「明日!?　は、早いな」 「早くネジを公的に俺のものにしたくてな」 　ヒースは真面目くさった顔でそう言ってから、細く長く吐息した。そして鞄を一瞥すると、今度は少し大きめの袋を取り出した。 「もし喜んでもらえなかった場合に備えて、もう一つある。あまり嬉しそうじゃないから、こちらも渡しておく」 「嬉しいけど、全然現実感がないんだよ！」 「そうか」 　俺はヒースから袋を受け取り、まだ混乱したままで、とりあえず中身を見る事にした。中から出てきたのは――ワインだった。二本入っていた。 「ワイン……？　俺、あんまり飲んだ事、ないけど？」 「飾っておけ」 「飾る？」 「一つは、お前の誕生日の年のワインだ。もう一つは、今年のワインだ。どちらも飲んでも美味いが、記念の品だ。俺の父と母は、プロポーズの時や結婚した時と、俺達兄弟が生まれた年と、毎回記念に買うんだ。それを真似た」 「なんかお洒落だな」 　俺にはわからない文化だ。 「悪いな、俺はあまり人を喜ばせるプレゼントというのが思いつかなくてな。代わりに、自分が欲しいと思ったものを贈っているんだ」 　その時ヒースが、苦笑交じりに述べた。それを聞き、俺は壁に掛けてあるマフラーを見た。 「俺、あのマフラーが一番気に入ってるけどな。じゃああれも、ヒースが欲しかったのか？」 　するとヒースが首を振る。 「いいや、あれは唯一ネジが俺に、欲しいという希望を雑談で言ったから、覚えていただけだ。欲しいモノがあるなら、もっと言ってくれ、率直に」 　俺はあんまり人に何かを買ってもらうという習慣がないから、複雑な気分になった。 　だが、ヒースの気持ちは嬉しい。 「これからは配偶者になるんだからな」 　それを聞き、改めて、結婚するんだと思ったら、ドキドキしてきてしまった。 　俺は頷く。その後、俺達はちらし寿司を食べた。 　そうして――結婚前、最後の夜が訪れたのである。 　◆◇◆ 　――体が熱い。ドロドロに熔けてしまいそうな感覚がする。 「ぁ……ッ、ぅ……ん、ァ……」 　じっとりと汗ばんだ俺の体に、髪の毛が張り付いてくる。丹念に二時間も解されていたから、痛みも何も無い。ヒースに現実で貫かれるようになって、即ち現実でもしっかりとした恋人同士となってから、今日で丁度一ヶ月というわけだが、そんな考えは吹き飛んでしまった。恋人同士だった期間は、一ヶ月で終わりなのだ。 「っ、ぁ……ひ、ッ、ッッ……う、うあ……あァ」 　強い快楽からも涙は浮かぶが、それ以上に、繋がれる事が幸せで、満ち足りた気分から、俺は思わず瞳を潤ませた。正面にあるヒースの首に、俺は思わず腕を回す。すると、ヒースの動きが早くなった。 「ああ！　ァ!!　ンん――!!」 「辛いか？」 「あ、平気……だから、あ……ぁ、ァ……っ、ん――！」 　ヒースが少し意地の悪い顔をして笑った。その獰猛な瞳を見て、ゾクリとした。 「あ、あ、あ、ああ！」 　直後、ヒースが俺の感じる場所ばかり突き上げ始めた。激しく打ち付けられて、俺は体を震わせる。 「ダメ、ダメだ、そこ、ァ、そこ……ああああ！　や、ぁ……あああ!!」 「嫌か？　そう言うんだったか？」 「ん、ッぅ……あ……き、気持ち良い、あ、あ、もっと……もっと！」 「ああ」 　その後ヒースが、俺の内部を何度も貫いた。ビクンと俺の体が跳ねたのは、それからすぐの事で、目をギュッと閉じて俺はむせび泣いた。快楽が強すぎる。頭が真っ白に染まり、中だけで果てた俺は、呼吸が上手く出来なくなって、快楽の漣に飲み込まれたままで、震えるしか出来なかった。 　この夜、ヒースは何度も俺の体を貪ったのだった。 　――このようにして。 　俺とヒースは、配偶者となる事に決まった。最高のプレゼントだと、朝目が覚めた時には、感じたものである。婚姻届を出しに行くまで、もう少し。 　それは、再び更に新しい俺達の関係が進んでいく瞬間でもある。 　ドキドキしながらその時を待ちつつ、俺は静かに目を閉じた。 　　　　　【終】