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【番外】リゾート地への小旅行・前編(★:Ver.ヒース×ネジ)

 ヒースと付き合い始めて、少しの時が経過した。俺達の関係もだいぶ落ち着いてきたと、俺は思っている。少なくとも、俺は……。  でも、そばにいればいるほど、どんどんヒースの事が好きになってしまうから、正直困っている。現実でも卑怯なくらいに格好よいヒースと一緒にいると、それだけで顔が緩むというか、幸せになってしまう。俺は、今、毎日が充実している。  最近の俺は、ヒースの家に本格的に引っ越す準備をしている。  一緒に暮らす日が待ち遠しいけれど、ナチと過ごしたこの街を離れるというのも少し寂しい。ナチはナチでマオと幸せそうにしているし、これからだって会おうと想えば、全然会える距離ではあるし、いつだって連絡は取れるのだけれど。  その時、インターフォンが音を立てた。それからすぐに鍵の音が響いたから、俺は約束通りヒースが俺の家へとやってきたのだと理解する。合鍵をきちんと使ってくれているのが、すごく嬉しい。 「ネジ」  予想通り入ってきたヒースは、本日も洒落た私服を纏っている。  初夏の現在、俺なんてありきたりなTシャツ姿である事が多いから、隣に並ぶ時にたまに気にしてしまう。 「土産だ」  ヒースはそういうと、俺の前に紙袋を差し出した。 「あ、ありがとう!」  受け取った俺は、中に入っている高級そうなチョコレートの箱を見た。ヒースは実家がくれるからという理由で、ちょくちょく今も、俺にチョコレートをお土産にくれる。 「座ってくれ」  俺が促すと、微笑してヒースがソファに腰を下ろした。俺は慌てて珈琲の用意をする。そしてマグカップを二つ手に戻り、ヒースの隣に並んで座った。 「ネジ」  すると肩を抱き寄せられた。頬に横からチュッと音を立ててキスをされた俺は、思わずギュッと目を閉じてから、瞼を開けてちらりとヒースを見る。我ながら頬が朱いだろうと自覚できる。こうして向き直ってからは、より深いキスをした。ヒースの体温にもだいぶなれてきたとはいえ、まだまだ俺は緊張してしまう事がある。 「そういえば」 「ん?」  口づけが終わってから、俺は首を傾げた。ヒースはそんな俺をまじまじと見ている。 「新栗実市に、ドーム型シティが出来たという話は聞いたか?」 「あ、ああ。動画のCMで見たよ。あと、ナチが話してた」  俺はおぼろげな記憶を掘り起こす。確か新栗実市の海のそばに、ドーム型のリゾート地が出来たのだったと思う。天候に左右されない人工的な空と、様々なテーマパークがあるのだったか。ナチが『行きたい!』と前のめりに話していた記憶がある。  新栗実市は、俺が暮らしているこの新氷山市と新東京の間にある北関東の新興都市だ。俺も何度か行った事はあるけれど、勿論新しいリゾート地には、出かけた事がない。 「たまには、遠出をしてデートでもどうだ?」 「!」 「ネジの都合がつくなら、俺は予定を空ける」 「い、行きたい!」  ヒースと一緒なら、どこにでも行きたいというのが本音だ。反射的にそう答えると、綺麗にヒースが唇の両端で弧を描いた。形の良いヒースの瞳には、優しい色が浮かんでいた。 「じゃあチケットを取っておく。いつがいい?」 「ええと……」  俺は次の連休を慌てて端末のスケジュールアプリで確認した。そしてヒースを見る。  この日はそのまま二人で、あれやこれやと日程について話し合っていた。  ――梅雨が来る少し前の季節。  こうして俺とヒースは、新栗実市のリゾート地へと旅行をする事にした。  ヒースが車を出してくれる事になっていて、俺は助手席に乗り込む時には、そわそわしてしまった。 「よ、よろしくお願いします!」 「どうして敬語なんだ?」  楽しそうにヒースが笑っていた。ハンドルに手をかけている姿まで得になっているように見えて、俺は乗り込みながら、曖昧に笑って見せる事にした。こうして出発し、俺達は街路を通り抜ける。車窓から見える青空が爽快だ。途中で食事休憩をはさみつつ、朝早くに出発した俺達は、その日の午後、現地に到着した。 「今日はゆっくりして、明日観光をしよう」 「うん」  二泊三日の予定で来ているので、俺はヒースと共にチェックインしたホテルに入ってから、部屋で頷いた。7001号室だ。海が見える高い階に部屋があり、先進的な外観とは反して、中は和風だった。荷物を置いてから、窓際の席で向かい合った俺達は、用意されていた冷たい抹茶と羊羹を食べながら、夕食の時間や、全室についているのだという露天風呂について話し合っていた。明日の行き先についても、卓上に様々な案内が流れる端末があったので、あれやこれやと話し合った。 「俺、ここに行きたい」  新栗実アニマルパークの映像が流れてきたので、俺は端末をまじまじと見た。白く真っ白なスナネコの赤ちゃんが二頭、そこにはいるらしい。 「ヒースは何処に行きたい?」 「俺はネジの行きたいところがいいが、そうだな……この中なら、ペンギンが見たい」 「ペンギン?」 「ああ」  ヒースにはあまりペンギンというイメージはなかったが、好きなのだろうかと考える。 「水族館の方がいいか?」 「いいや。この中ならばという話だ。あとは、このアニマルパークのそばに、殺生石があるらしいから、そちらにも興味がある」 「渋いなぁ」 「歴史があるものを残したままで、ドームを作ったというのに興味があるんだ」 「それは、なんかわかる」  俺達はそんなやりとりをしながら、夕食を待った。  夕暮れの陽光が海を染め始めた頃、食事は運ばれてきた。 「わぁ」  魚介と山菜の天ぷらの衣はサクサクで、小さな鍋に入ったすき焼きの香りは食欲をそそる。サーモンのお刺身も、小鉢の付け合わせも、いずれも旅らしい旅を彷彿とさせる。 「いただきます」 「いただきます」  二人で手を合わせて、それからまた視線を交わした。ヒースといると自然と頬が緩むのは変わらないのだが、違った風景の中でこうして思い出を刻むのも本当に楽しい。既に布団は隣室に用意されているが、食後は二人で露天風呂に入ろうと話している。  味わって食べてから、俺達はそれぞれ立ち上がった。ホテルの給仕の人が、お膳を下げてくれた。それから浴衣を手に、露天風呂へと向かう。空は満天の星空で、三日月が覗いている。二人でゆっくりとこの夜浸かったお湯には、月が映りこんでいるように見えた。  ――初日の夜。  隣り合わせの布団に入ってすぐ、ヒースは俺の上にのしかかってきた。そして抱きしめるようにしてから、俺の額にキスをした。 「ネジ、好きだ」 「ン、っ……俺も」  ヒースの瞳に惹きつけられるようになり、俺は目が離せない。それから今度は唇に触れるだけのキスをされた。うっとりしていると、下唇の上を舌でなぞられたから、俺はうっすらと口をあける。すると口腔にヒースの舌が忍び込んできた。  舌と舌を絡めあい、俺達は深々とキスをする。  ヒースの左手が、俺の浴衣を乱し、左胸の突起に触れた。離れた唇は、その後すぐに、俺の右の鎖骨の少し上に降り、痕を残す。ツキンと疼いた瞬間には、俺の体は温かくなり始めていた。 「ぁァ……」  明確に俺の体が熱を帯びたのは、ゆっくりと右手で陰茎を撫で上げられた時である。そのまま左手では胸を愛撫されたままで、陰茎を握りこまれ、ゆるゆると扱きあげられる。そうされるともう俺の体はぐずぐずに蕩けそうになってしまった。 「ぁ、あ……んぅ」  思わずヒースの首に腕を回すと、優しい目をしたヒースが再び俺にキスをしてから、右手の動きを速めた。 「あ、あ、あ」 「一度出せ」 「ん――!!」  そのまま俺は、昂められて呆気なく放ってしまった。  肩で息をしていると、ヒースが布団の脇に置いていたローションのボトルを手繰り寄せる。そしてそれで指をぬめらせてから、俺の後孔を暴いた。押し広げられる感覚に、俺は背を撓らせる。じっくりと優しくヒースは、俺の体を開いていく。 「ぁア……んっ……ンん」  ぬちゅりとローションの立てる音が静かな和室に響く度に、俺は羞恥を覚える。  気恥ずかしくなって真っ赤になっていると、指を引き抜いて、ヒースが荒く吐息した。 「挿れるぞ」 「う、うん……――ああっ、ぁァ……あ、ッ! んン!!」  緩やかに、ヒースの陰茎が挿いってくる。俺の内側が、それに絡みつくように蠢く。熱く硬いものに穿たれて、俺は気持ち良すぎて、思わずポロリと涙を零す。その内に、ヒースの楔が根元まで挿いったのが分かった。 「あ……ぁ、あ……ヒースが好きだ」 「俺もネジをたまらなく愛している」  ヒースが腰を揺さぶる。次第にその動きが激しく変わっていく。  打ち付けられる度に、肌と肌がぶつかる音が響き始めた。  俺の肌はじっとりと汗ばみ、髪が肌に張り付き始める。 「あ、ああ! アあ――っ、も、もう、ぁ、あ!!」 「俺も出す」 「んン――!!」  こうしてこの夜は、いつもよりは比較的穏やかに、俺達は体を重ねたのだった。  翌日――。  昼食後、身支度を整えた俺達は、早速観光して回る事にした。  巨大なドームシティなので、車での移動となる。俺達は、ルートを検討し、最初に殺生石を見に行く事にした。しめ縄がかけられていて、伝承が記された冊子が、近くのカフェに付属した古書店で販売されていた。なんでも狐神の逸話があるのだという。その狐神は、人間と恋に落ち……見事成就したという、ハッピーエンドの民話だった。 「身分や立場、というか、種族が違う恋だったのかぁ」 「愛を感じるな」 「うん」  俺とヒースも、『グランギニョルの夜』が無かったならば、きっと交わらない人生だったと思うから、俺はなんだか親近感を覚えてしまった。そこには、縁結びや恋愛成就の他、末永く幸せでいられるというお守りが販売されていた。桜色の石のストラップだった。 「ほら」  ヒースが思いついたように二つ買うと、一つを俺に渡してくれたので、俺は嬉しくなって頬を持ち上げた。  こうして、いよいよ俺達はアニマルパークへと行く事にした。  スナネコの赤ちゃんはやはり大人気の様子で、だいぶ並ぶらしい。俺達は先にそれから見学する事にして、一緒に並んでいた。長時間の列だというのに、ヒースと二人だと、決して退屈ではないし、話が途切れる事もほとんどなかった。何度も視線を交わして、俺達は、次はペンギンを見に行こうと話し合っていた。  白くフワフワのスナネコの赤ちゃんは、まだ親のスナネコと同じ場所にいた。 「あ、見えた!」 「ネジは猫が好きなのか?」 「うん」 「じゃあ、一緒に暮らし始めたら、飼うか?」 「え? いいのか?」 「そうだな。俺も嫌いじゃないからな」  そんなやりとりをして、俺達は写真に収めてから、続いてペンギンの区画へと向かった。一口にペンギンと言っても、本当に様々な種類がいるんだなぁと、俺は案内ウィンドウを実て驚いていた。生態を映像で映しているパネルをまじまじと眺めていた。それからヒースの横顔を窺うと、楽しそうな目をしていた。 「ペンギンはさすがに飼えないよな……?」 「どうだろうな?」  ヒースが笑ったものだから、俺は飼えるのだろうかと驚いた。帰宅したら調べてみようと決意したけれど、猫とペンギンは、果たして一緒に飼えるのだろうか?  こうしてその後も様々な区画を回り、昼食もアニマルパークの中にあるレストランで食べた。野菜のパンケーキが美味だった。帰り際には、お土産屋さんにより、俺はナチにあげようと思って、クッキーを買った。ありきたりかとも思ったけれど、ナチがいかにも好きそうな味を発見した結果だ。ヒースは、大学院の研究室用と、マオ用の品を買っていた。  その後は、少しの間、ドームを出て、海を見る事にした。  近くの駐車場に停車し、俺達は手を繋いで、白い砂浜へと出る。  煌めく水面に俺は目を丸くする。実を言えば、あまり海には着た事が無かったからだ。 「すごいな」 「ああ。そうだな。日本の海という感じだな」 「海外は違うのか?」 「そうだな……場所にもよるが、沖縄もあちらに近いんだだ、もっと水色に近い。こちらは蒼く感じる。ただ、俺はどちらも好きだ」 「へぇ。俺も両方見たいなぁ」 「では新婚旅行は、海外に行くか?」 「えっ……と、う、うん」  思わず俺が赤面すると、繋いでいた手に、ギュッとヒースが力を込めた。 「ネジの行きたい場所には、すべて連れていきたい」 「……そんなの一つだ」 「何処だ?」 「ヒースの隣にいられたら、俺は幸せだよ」  ポツリと俺が本音を零すと、ヒースが虚を突かれたような顔をしてから、嬉しそうに破顔した。そしてその場で俺を抱きしめた。 「わっ」  人目があると思って俺は照れそうになってしまったけれど、ヒースの腕は力強いし、俺も振りほどこうという気にはならなかった。 「俺も同じ気持ちだ。ずっとネジの隣にいたい。いいや、いる」 「うん、うん」  それから俺達は見つめあい、どちらともなくキスをした。  こうして二日目を過ごし、俺達はホテルへと戻る事にした。  そして二つあるエレベーターの左側に乗り込み、二人は七階のパネルを見る。たまたま二人のほかには無人だった事もあり、その場でもキスをした。その間に、ゆっくりと扉が閉まった。

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