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番外編1-1 傷跡
大学をαの馬鹿を殴ったことでやめさせられて数ヶ月。
俺はデルタでボーイとしてバイトをして生活をしていた。
そんな日々の中でα相手に喧嘩して、力でボコボコに捻じ伏せるのはそう少ない事じゃなかった。
繁華街で働いている事もあり、酔った奴から変に絡まれて、喧嘩になることはこの町ではよくある事だ。
俺もその1人なだけ。
αが社会的に強くても、体を鍛えてるやつなんてそんな多くない。生まれながらのフィジカルがあっても、使いこなせないやつに負ける気はしない。
だから片っ端から喧嘩を受けていた。
でも侮っていた。
αのΩへの侮蔑を。
Ωにやられて、黙ってるほど聞き分けの良い奴らじゃなかった。
「おい。」
聞き慣れない声に後ろから呼び掛けられ、立ち止まった瞬間に後頭部に鈍痛が走った。
あまりの痛みに一瞬飛んだ意識が地面にぶつかった反動で戻る。
おそらく何か鈍器で殴られた。人の拳や足で蹴られたような痛みとは違う。
「ッゥ....いっ...て...。」
とにかくやばい事だけはわかって、体を起こそうとするも、頭を打たれて反応も鈍くなる。
血は出て無いものの、心臓が頭についてるみたいに脈打ち、その波が俺の頭を痛めつける。
両手で身体を起こすのも精一杯で、ようやく四つん這いになったかと思えば背中を何かに押さえつけられ、ぐしゃりと汚れたアスファルトに崩れ落ち、痛みが走る。
「白川、お前調子乗りすぎだよ。」
1人の男が俺に言葉を吐き捨てると、乱雑に身体中を蹴られる。
全身から響く痛みを、脳みそ一個で全部感じ取るのは無理な話だ。
キャパシティを超える痛みを、声になる前に歯を噛み締めて耐える。
「っ~~~~!!」
うつ伏せの体じゃ、何人に囲まれているかもわからない。ただ数人に蹴られていることは、間髪なく蹴りが入る感覚で理解ができた。
あまりにも敵を増やしすぎて誰が俺に仕返しをしているのか見当がつかない。
ひっきりなしに蹴りを受け、靴がアスファルトの上の砂利を引き摺る音と男達の野蛮な怒鳴り声だけが聞こえる。
(いつ終わるんだこれ...。)
蹴りが終わったかと思うと、強引に体を起こされ、路地の壁に座らせられる。
「お前Ωの癖に自分の立場分かってないな。αに手出してただで帰れると思ってんのかよ。」
多勢に無勢。
複数人で囲っておきながら、何がαだ。
頭上から振り下ろされる声に腹が立ってくる。
すると俺の両腕を男2人で抑え、もう1人がベルトのバックルを外し始めた。
「ッな...!?何すんだ離せ!!」
暴れるが押さえつけられた腕ではどうすることも出来ず、引き抜かれたベルトと緩んで下されていくズボンを俺は奥歯を噛み締めながら見ることしかできなかった。
屈辱的だ。
「何って、Ωが何されるかお前が1番よく知ってんだろ?」
両腕を後ろに組まされるとそのままうつ伏せに押さえつけられる。
腕と上半身には男が俺が動かない様に乗っかって、びくともしないどころか、アスファルトに抑えつけられた上半身が痛む。
多くのαは俺を自業自得だと嘲笑うだろう。
「挿れてやるから濡らせよ。」
という声と共に、後ろの穴に指が入り込んでくる圧迫感を感じる。
俺を組み敷いた男達は、抵抗できない俺の屈辱的な様を見て漸く安心したようにニヤニヤと汚泥を纏ったような笑みを見せる。
この間俺にボコボコにされた癖に。
「...ッあ...っいって...やめろ...離せっ...!」
誰かも知らない奴に自分の内側を触られているのがとても屈辱的で嫌悪感が脳を駆け巡っていく。
ズブズブと奥まで入る指はナカ湿り気がないまま無理矢理に動かされる。
快感なんて程遠く、体の外も中も痛い。
「ハハハッ!おまえ、まさか後ろ処女なの??Ωの癖に、大事に守ってんだ。偉いじゃん。でも大嫌いなαに貫通されたら、水の泡だよなぁ〜?」
見下すように笑う男が、自身のバックルをかちゃかちゃと外そうとすると後ろから男の肩をトントンと誰かが呼ぶ。
「おい、お前ら何やってんだよ。」
まるで人でも殺してそうな目つきの悪い、細身の男がタバコを吸いながらゴミを見る様な目で辺りの男を見渡す。
そいつに肩を叩かれ振り返った男は、ビクッと驚いた様な顔をすると慌てた様に俺から離れる。
「た...辰公さん...。」
他の男たちもその名を聞いて、慌てて俺から手を離すと今にも逃げ出したいという様に怯えた顔でじっと佇む。
辰公が恐れられている理由は簡単だ。
この繁華街の殆どの土地の権利を持った井上組の孫だからだ。昔はヤクザとか暴力団って言われてた団体の孫。名前だけで恐れられるα。
表情や佇まいにもこの街の長としての風格が見受けられる。
「αがクソみてぇなことしてんじゃねーぞ。品を下げるな底辺が...。しばかれたくなかったらさっさとそいつ置いて帰れ。」
吸っていたタバコを口から離すと苛立ちをぶつける様に男たちの輪に投げつける。
男たちが蜘蛛の子を散らしたように慌ててその場から去ると辰公と呼ばれる男は俺の目の前にしゃがんで新しくタバコに火をつけた。
「お前デルタのボーイの白川だろ?」
ふーっと煙を吐くと俺の顔を掴んでまじまじと見つめる。
煙が顔にかかり、煙たくて目を背けるも吸った空気の中に混ざった男の煙が俺の肺を支配する様に循環する。痛む全身に、嫌いなタバコは毒でしかない。
「っぃ..てぇ...誰だあんた....。」
軋む体を押さえながら辰公の顔を見る。
何処かで見たことがある様な気がする。
記憶を辿ろうとするが男の答え合わせでその必要はなくなった。
「俺はデルタのキャストだよ。先輩の顔も覚えてねぇのかお前。」
と、呆れた様に目を細める。
あぁ、思い出した。デルタのタチ担当のαで、人気が高いナンバーワンキャストだ。顔はいいけど目つきが悪くてクールな奴。ショーは客に人気で、抱かれたいとの声が多いキャストだ。
俺は、こういう“α様”って感じの傲慢そうな奴は苦手だけど。
「...すみません。助けてもらって、感謝してます。でもこれは俺の問題なんで、もう大丈夫です...。」
立ち上がろうとすると、蹴られた痛みでよろけ、辰公が俺を咄嗟に支えると吸っていたタバコが地面に落ちてしまった。
「お前さ、もう喧嘩するな。店の迷惑なんだよ。一人で生きてるみたいな顔しやがって。お前が喧嘩したら客が減るんだよちったぁ周りの事考えろ。」
辰公は落ちたタバコを一瞥し、苛立ちを潰すように足で捻り消すと、俺の肩に腕を回して近くの辰公の家まで連れて行ってくれた。
目つきは悪いけど、案外いい人なのかもと、この時思ったことに後々俺は後悔する。
「地面に突っ伏した体じゃ汚ねぇから。風呂入れ。」
玄関口で靴を脱ぐと、そのまま風呂場へと連れて行かれた。
風呂場で背中を確認したけど、血が出る様な怪我はない。でもアザがたくさんついていて、白い肌が赤く腫れていた。
「っいてぇ...クッソあいつら...。」
だがタフな体はそれだけで止まり、折れたりしている様な怪我はなさそうだった。
鏡に映るシャワーで濡れた自分の姿が、まるで野良犬の様に見えた。
大学を辞めて、喧嘩して、ショーパブで働いて。どこにも行き場がない。
捨てられて、拾われたばかりの野良犬。
自分で選んだ人生を生きてきたはずなのに。そんな自分自身に嫌気が差して、自暴自棄になりそうだった。
1人でいると悪い方にばかり考えてしまい、これではダメだと風呂を上がると、辰公がリビングでまたタバコを吸っていた。
「おう、上がった?服ぴったりじゃん。」
辰公からかしてもらった部屋着は俺にぴったりだった。辰公の方が俺よりは細身だが身長はさほど変わらない。
「ありがとう...ございます...。」
気まずい。初めて話す仕事の先輩の家に、喧嘩でヤられそうになってる所を助けてもらうなんて恥ずかしいことして、挙句俺は先輩の名前も覚えてなかったなんて....。
気まずすぎて目が見れない。
「こっち来いよ。」
ベットに座る辰公がぶっきらぼうにベットの空いている部分をポンポンと叩くと俺は従う様に座った。
辰公は横に座った俺の首筋をスンスンと匂いを嗅ぐとベットに押し倒して俺が驚く間もないまま唇を重ねた。
「っんぅ!?...んあ...!?」
上に乗る辰公を押し返そうとも、殴られた背中がズキズキと痛んで力が出せない。
慌てる俺の手に指を絡め両手を押さえると、噛み付く様なキスをした。
ぞくぞくと腰から頭にゆっくり満ちていく様な甘い痺れを初めて感じ、力も抜けていく。
「ふぅ、ン...っ!っはぁ...。」
初めての慣れないキスに息継ぎもどうしていいかわからないまま、ただ流されるように舌を動かした。
「鼻で...息すんだよ...。」
俺が苦しそうにキスをしてるのに気づいたのか、口を離す短い時間に言葉を繋げるように辰公が答える。
俺はこくこくと頷くと、初めてのキスを初めて会った先輩に預け、じわじわと身体を上ってくるような快感を嫌悪感もなくただ受け入れた。
一瞬が凄く長く感じた初めてのキスを辰公は優しいキスで締めると、釣り上がった目を細め
口角を僅かに引き上げ微笑を見せる。
「...な、なんでこんな事...。」
俺には理由が分からなかった。
助けた理由も、キスをする理由も。
「助けてやったんだから俺にお返しをするのが礼儀だろ?どうせショーの研修は俺がするんだからいつお前に手を出しても一緒だよ。」
今思えば、辰公は自分に素直な人間なだけだったとわかる。
ただ店のために助けて、ただ顔がいい男を抱きたかっただけ。
言葉の通り、まだ熟してない果実に早めに手を出したに過ぎない。
辰公にはそれだけだったけど、俺には初めてのことだらけで、心は『それだけ』では止まらなかった。
辰公の熱を帯びた手がするりと服の間に入ってくると、そっと指で撫でながら腹部から胸元までゆっくりと捲り上がっていく。
「っ...ん...。」
ゾワゾワともどかしい感覚が腹部を撫で上げ、背筋を走る痺れが腰を浮かせる。
「えろ...、お前センスあるよ。さっさとキャストに上ればいいのに。」
胸の突起の先に触れているのが見ているだけでは分からないほど、薄く舌先で舐め上げると快感が下腹部に少しずつ溜まっていく様にじわじわと熱くなっていく。
「ぅ....まだ...19だからっ....。」
ビクビクと震える胸の上から辰公は顔を上げると「...セックスは?」とピリッとした低めの声で問いかける。
「ねぇよ...そんなのっ...!」
もどかしさの中で答えると辰公は俺の首を掴みグッと力を入れる。
「っぐ...くるし...!」
鋭く獣の様な目で見下ろしながら俺の首には手をかけたまま静かに冷たい声で囁く。
俺がこの人の地雷を踏んだんだろうが、そんなにどこにあるかなんて全く検討もつかない。
「セックスもしたことねぇのに、なんでデルタに入った?」
昔はそうだった。
雪が入った時の様に優しくは無かった。
実力と強い精神がない奴は辞めさせられる。
おそらく辰公が、デルタに合わないと思った人間を間引いていたんだろう。
俺は今デルタに残れるか試されようとしていた。
辰公の納得のいく回答が出来なければ、俺は働く場所も失うことになる。
「のし上がる為に...金が...要るんだよ...!」
狭まった気道に無理矢理空気を通して答える。
迫ってくる苦しさで辰公の肩を押し返すと案外すんなりと首から手が離れる。
ゆっくりと深呼吸をして息を胸に取り入れる俺の横で、突然静かになった辰公が何か考えを巡らす様に一点を見つめる。
「金のためなら人前でもセックスできんのか?」
俺はそのつもりでボーイになった。
元から自分の身体を大切だと思ったことはない。大事だったらαに喧嘩なんて売らない。
「できる。知らない奴が相手だろうと、俺がΩでもαの上に立てるなら何でもする。」
今の俺の立ち位置を象徴しているように、俺は横たわりその上にはαが乗って俺を見下ろしている。
でも俺はいつかαの上に乗る。
それができるなら今この身体がαに犯されても構わない。
あまりに真っ直ぐで堂々とした目に辰公は根負けしたように息と共に身体の力を抜き「いいね。」と嬉しそうに髪を撫でた。
「じゃあ、」と前置きをすると恍惚な表情で撫でていた髪を掴み、ぐいと顔を近づけ、「俺がセックスを教えてやるよ。」と荒々しく唇を奪った。
「っぁん...!?ぅん...、んぅ...。」
口の中を犯すように舌を捻じ込むと先程とは違う、一方的な舌の動きに対応できず、ただ中をぐちゃぐちゃにかき回されているような気分だった。
それでも俺の下腹部はじわじわと熱く火照り、固くなっていくのがわかる。
キスの快感と、余裕のなさが混ざり合い、出した事のないような濡れた声が漏れる。
恥ずかしさも心に染みて一緒に混ざっていく。
好物を目の前にしているように、口内で唾液が沸き立ち、辰公の唾液と合わさり溢れて落ちていく。
体が辰公の存在を認識すればするほど、俺の力は抜けて、興奮が沸々と煮えて、身体が溶け出すように濡れていく。
αに触れられる、Ωの性 を身をもって感じる。
抗えない本能は、αに自ら組み敷かれようとしているんだ。
「っあぁ...む..ねは、っん...ふぅ。」
キスと共に弄られる胸の先から、今まで意識したことのない神経が動きだすように胸部から腹部に小さな疼きが走る。
その感覚に顔を逸らすと、辰公が長かったキスを終えて、俺の腰の下に膝を入れる。
尻が浮くような体勢に恥ずかしさが覆うも、力も抜けてされるがまま動かされる。
「デルタで見た時から、お前のこと食ってみたいって思ってたよ。本当にΩだったんだな。キスだけでこんなに感じて、ケツもびしょびしょに濡れてる...。」
緩い部屋着が簡単に捲られると、手探りだけで後ろの穴を探り当て、窪みを円を書くようになぞる。その指は俺の漏れ出た愛液を纏って、さらに深い水中へと潜っていく。
「ッあぁっ...!はぁっん...!」
「エロい声。さっきまで野良猫みたいにαに逆毛立てて噛み付いてたくせに、今は飼い慣らされたみたいに鳴きやがって。初めてのセックスでこんだけいい声で鳴けたら100点だな、白川嶺緒。」
余裕の表情で舌なめずりをする辰公を見て、ゾクゾクと胸を震わせる。辰公の“Ωを見る目”が今の俺には興奮を与える。
αにこんな事をされる事は本当は気分が悪いはずなのに。
「うるせぇ...、勝手に...声がっ、っぅ...。」
口を押さえても、指の隙間から漏れ出る声が辰公の笑みを誘う。
「無意識に、声が出るほど、イイって事だ。」
指を入れただけで気持ちよさが腹部に充満しているというのに、調子付いた辰公は内壁に指を押し当てる。押された箇所から脳に直接信号が飛ばされているかのように、もどかしい快感と共に腰が指の動きに合わせるように揺れ動く。
「っあっ、あっ、そこ、変な、、感じが、っぁ。」
指のリズムに合わせて、脳に送られる快感の信号がオンオフを繰り返す。
揺れる俺の腰の奥で水音を掻き立てながら、辰公が指を張り詰めた弦を弾くように動かすと指を2本、3本と埋め込んでいく。
「今触ってんのは前立腺、気持ちいいだろ?でもお前ならもっと気持ちよくなれる場所がある。天国見てぇだろ?嶺緒。」
悪魔の囁きが、熱を帯びた息で俺の耳朶をしめらせる。
悪魔の舌が耳の縁をなぞり上げ、「嶺緒。」と呼ぶその低い声が、ピアスの輪の金属音と水音に混ざり合いながら耳にこびりつく。
「んなもん...、見たく、ねーよっ。」
もどかしく行ったり来たりする快感のさざなみの中で、精一杯虚勢を張りながらも体は自ずから辰公の刺激を求めるようにひくひくと僅かに痙攣する。
「いいね、俺はお前みたいな猫を躾けるのは嫌いじゃない。躾甲斐がある方が唆るよなぁ。」
ズルリと指を抜くと、引いた糸が繋がったままシーツに垂れ落ちる。
突然の衝撃に声を上げる間も無く、その様を俺に見せつけるように粘液でドロドロの指を俺の緩まった口の中に無理やり突っ込んだ。
「んぐっ...!んや...!っぉぇ、はぁ、んう!」
「溢すなよ?」
指に噛み付いてしまいたい気持ちを抑えながら唾液と愛液が絡んでドロドロの液体を吐き出してしまわないように上を向く。
入れられた指が俺の舌を掴んで引き出すと、「舐めろよ。」と辰公が自身のモノを露にした。
「なんで、そんな事まで....!」
口を開いた反動で口から粘液がとろりと漏れ出る。手の甲で拭い視線を上げると先程とは変わって鋭い瞳の辰公が俺の腕を掴んで引き起こす。
「セックスの基本だよ。んな事も知らねーで上に上がれるのか?あまちゃんだな。他人に気持ちよくしてもらうだけなら風俗と同じだ。相手のヨがり狂ったとこ引き出す力がねーならこの世界で一番にはなねーよ、処女猫ちゃん。」
口の端でてらてらと光る唾液を辰公が舌で掬い取ると、挑戦的な官能的な目で俺に唇を重ねる。
今の俺は何もかもこの人に負けてる。
煽られてるんだって事もわかってる。
でも俺はここで、この人に負ける事はプライドが許さなかった。
「〜〜くそ...!」
辰公の股間に顔を埋めると、反り立った辰公のモノに口をつける。
ローションでも口に含んでいたかのように、下を向いた口から唾液が溢れ出る。
流れ出る唾液を潤滑油に、片手で辰公のモノを扱きながらぺろぺろと、自分の記憶しうるフェラのやり方を見様見真似に再現する。
だが、慣れない口使いに、フェラとも言えない舐め方に、辰公は後頭部を掴むと、根元まで頭を押し込んだ。
「っぇ、ゲホッゲホッ...!」
口蓋垂を守る準備も整わず、奥まで押し込められた鬼頭が喉を貫くと反射的に顔を離す。
むせかえる俺を見て、呆れたようにため息を吐くと「もういい。」と俺をまた仰向けに押し倒した。
「一回きりだ。体で覚えろ。」
俺の服や下着を剥ぎ取ると、辰公の鋭い眼差しとは裏腹に、優しく俺の鈴口を舐める。
つるりとした舌の感触に驚く間も無く、鬼頭が辰公の口内に含まれ何とも言えない人肌の温かさを先で感じながら身を捩る。
「はぁぁっ...んぁ...。」
どんな風にフェラをするべきか、覚えるために目線を自分の股間に落とすと、上目遣いに俺の反応を確認する辰公と目が合う。
辰公の鋭い目は俺のモノをしゃぶりながら、優越感に酔う表情であだっぽく、細まる。
頭と性感帯とが直接繋がっている様に感覚に敏感になり、フェラのやり方なんて記憶できるほど俺には余裕がなかった。
「こん位で善がるなよ。まだまだ序盤だぞ。」
俺のモノから溶け出しているのかと思うほど唾液が覆い、絶妙な舌使いが辰公の経験の多さを言わずもがな物語っていた。
これがデルタのナンバーワン。
セックスを趣味にした男のなす技だ。
あっという間に俺のモノは完全に勃ちきって、快感の波が先端に集中し始める。
「っん、っん、...はぁっ、も...イきそ...っ。」
背が弓を引き始め腰が上擦ってくる。
呼吸が乱れ、上下する辰公に合わせる様に声が弾む。
俺の声を聞いても止まる事のない責めに耐えきれず、足が震え始め、快感が先端に向かって加速していく。
「っぁああぁ、イくっ、イく...!」
反動を抑えるようにシーツに爪を立てて掴みきれないまま、腰が大きく揺れる。
——その時だった。
上目遣いの辰公が嗜虐心に満ちた目で俺を見た。
ニヤリと、それは本当に悪魔のような目で。
嫌な予感が俺の頭を掠めた瞬間、握られた竿は快楽の導線を潰して熱を押し戻す。
「誰がイっていいっつった?」
押し戻された熱は下腹部が張り裂けそうな程強引に留まり、出されるはずだったものが出ないままじわりと透明な液だけが先端に滲んで、痙攣する足だけがそのまま震え続けていた。
「うっ...っあ...苦し、なん、で...。」
堰き止められた熱は涙となって生理的に頬を濡らした。
こんな辱め、受けた事がない。
悔しい、苦しい、イきたい。
でも全ての主導権は辰公が握っている。悪魔のような男が、俺を見据えて楽しそうに笑ってる。
「やめろその顔。もっと虐めたくなる。」
辰公が俺を一見、細めた目がキラと輝きを見せる。
釣り上がった眉を片方だけあげると、完成されたサディスティックな表情は本当に綺麗な人間の姿をした悪魔だった。
慈しむように頭を撫で、溢れる涙を舌で目尻から舐めとると息を落ち着けたばかりの俺の口を塞いだ。
「ふぅ...ん...んぁ。」
息も絶え絶え、残った苦しい余韻だけを引き継いでは小さく震えたまま溶けそうなキスをする。
じゅるじゅるとわざとらしい水音を口内で奏でながら、這い回る舌に開き渡すように力なくキスをすると口を離した辰公が優しく口角を上げる。
「キス、上手になってきたな。」
消えた嗜虐的な表情の後に残された穏やかな笑みにドキッと胸が跳ねる。
ギャップだ、ただギャップに騙されているだけだ。
騙されてはいけない、こいつは悪魔だ。
苦しむ俺を見て嘲笑うαの何者でも無い。
そう心で問答していると、ひたと後ろの窪みに指が充てがわれる。
軽く中を確認するように指を入れると、「まだ濡れてるな。」と一言ぽつりと呟いた。
「そのまま力抜いとけよ。」
突然の言葉に、ふわふわとキスで浮ついた意識が明瞭になっていく。
何する気だ??
その言葉の意味を理解する間も無く身体で分からせられる。
「〜〜っいっ...てぇッ...ぁく...うぅッ!!」
穴こじ開けるように、肛門の肉壁が押し広げられゆっくりと辰公のモノを飲み込もうとする。
激痛が腰を砕き、涙が滲んで落ちていく。
でも体は辰公を求めるように、脳は興奮を全身に広げ、俺の穴はひくひくと口を開こうとする。
「っふ、ゥっ.....んンっ...っあァっ!」
まるで注射器のプランジャーのように、辰公のモノが押し入る度に、俺の先端からダラダラと液体が滴り落ちる。
快感なんてもう分からない。
痛みが優先されて、頭がおかしくなりそうだった。
「はははっ、こりゃいいね、はじめて挿れられて無意識に後ろでイクなんてどんな才能だよ。」
笑う姿さえも、妖しく見える。
自分が今どうなっているかが分からない。
ズクズクとケツも腰も痛んで、涙で目の前が霞んで、耳元で俺の息の掠れる音と心臓の脈打つ音がこだまする。
「も....、いいだろ、イってんだし、充分....。」
ぼやぼやと浅い水面の中にいる様に朦朧としたまま辰公を見上げる。
膝を立てた脚が震えて力が入らない。
羞恥心でいっぱいなはずなのに重い腕を動かすことさえ億劫に感じる。
赤く火照った顔を抑えた手の甲が、荒い息も相まってしっとりと湿ってくる。
暫く俺を見つめると、可哀想に見えたのかずるりと自身のものを引き抜いて、俺を抱き起す。
やっと終わる、解放される。
快楽と痛みの板挟みで行き場のない快感も終わりを告げる。
そう思ってたのは俺だけだった。
「な...なに...。」
仰向けだった俺をうつ伏せに返すと腰を抱え上げて伏せるような四つん這いにさせると、また引き抜いたモノをズルリと押し込んだ。
「ッあぁああ!!!っ〜〜い....いて...ぇ。」
こいつが悪魔だって事を俺はバカになった頭で忘れ去っていた。
痛みに踠き震えた手でベットのシーツを掻き毟ろうと、震えた腿が今にも折れそうになろうと、俺の屈服した全てがこいつの優越感を満たすに過ぎない。
「....!」
ずっしりとした重みと、背後にのし掛かる感触で素肌が触れ合っているのがわかる。
暖かい辰公の胸板が背中にピッタリと張り付く。
繋がったまま、後ろからシーツに爪を立てた俺の手に重ねて、耳元で甘ったるく低い声で囁く。
「お前を気持ち良くするためにやってんじゃない、俺が気持ちよくなる為にヤってんだよ。俺が気持ちよくなるまで、終わりは来ないぞ、嶺緒。」
甘い声とは裏腹に、継続を宣告されて底に堕ちるような絶望感に満たされる。
体は悲鳴をあげ、俺自身もう限界が近い。
体力はあっても、これ以上やれる気力がない。
そんな——。と、うちひしがれる間も無く衝撃と共に痛みが走る。
「っあ゛、い゛ッ、もう、無理だ、裂けるっ...!」
水音を立てながら痛みが押し込まれる様に身体に突き刺さる。
痛くない体勢を探して腰を動かすも、どこもかしこも痛い。
セックスってこんなに苦労するもんなのかと、甘い考えの自分が嫌になってくる。
痛い、恥ずかしい。
先輩の前でケツ上げて、泣き喚いて、喘いで。
自分の姿を顧みるほど、羞恥心と痛みの混ざった涙がこぼれ落ちる。
「そのうちよくなる。」
そのうち良くなる??そんな事ありえない程に痛い。だが徐々に痛みは緩和していき、滑りも良くなったのかスムーズに中で動いているのがわかる様になってくる。
かなりのスローペースで動かす辰公が、ピタリと動きを止めると、頸にかかった俺の襟足を捲り上げるように退かす。
ゾワゾワと首筋に悪寒が走る。
露わになった頸に吐息を感じる。
荒い吐息。
今にも喰われそうな、そんな猛獣の息。
「なっ、やめろ頸はッ...!!!」
頸を守ろうと手を出そうとするも上からがっちり掴まれ、張り付けられたように動かない。
αに噛まれる。こいつの物になってしまう。
最悪だ。怖い。嫌だ。
ただぎゅっと目を瞑る。喰われるのを待つだけの動物のように。
荒くなった2人の息遣いだけが聞こえてくる。
「...っ噛まねーよ。」
余裕の無さそうな辰公の声と共に、頸は舐められ口を付けられる。
途端にブワっと沸騰した血が全身を巡り、チカチカと瞼の裏で火の粉が舞う。
「っああッ‼︎、はぁっ...はぁっ、....?!」
全身の水分が外に出ようとのたうち回り、ぼろぼろと涙も唾液も溢れてくる。
ヒートした時と似たような感覚が身体をおかしくして、わけがわからず混乱する。
皮膚を貫かないように甘く加減された犬歯が、俺を突く度に食い込んでくる。
「ッ締めすぎだお前。千切れちまう。」
ふーっふーっ、と深く荒い呼吸の辰公が耳元で声を上げるだけで敏感になった耳や首がピクピクと反応する。
辰公が腰を引くと、浅く挿さったものが前立腺を刺激する。
「...ッはぁ...っん!!」
震える太腿が自然と閉じようと内側に折れてくる。快感に耐えようと下唇を噛むと、情けなく四つん這いになって、ぎゅっと閉じた目から残った涙が落ちる。
「そっちじゃねぇ、そっちじゃ無くてコッチだ。」
浅い部分で止まっていた辰公のモノがぐいと奥まで入り込むと、奥の壁にぶつかるような感覚をナカで感じ取り、俺の最奥の壁を掘るように何度も押し付ける。
「あぁッ、ふぁッ、んあぁッ、やば、い。」
おかしくなる。
まじで天国行きそうなほど意識が曖昧になってくる。
見えないだろうと、枕にだらしなく開いた口を押し込んで唾液まみれになりながらよがって声を上げる。
イける訳じゃない。ただ継続的にイきそうな感覚が与え続けられる。
「そこっ..、ダメ、だ、あぁっ...そこっ、そこはッ...!」
イけないまま、快感がコップいっぱい溢れそうに注がれ続けているのが分かる。
もう何滴か雫が落ちれば溢れて、爆ぜる。
辰公の当てる場所全てが俺を快感に追い込む。
「...〜っやばいな、お前。こんなに具合がいいのは初めてだ。ぎゅうぎゅう締め付けられる。」
辰公の余裕のない声が湿り気を帯びて熱く俺の耳に触れると、俺も早くイきたくて堪らなくなった。
頭がイきたい気持ちと欲しいという気持ちで埋め尽くすされる。
『イかされたい。』『噛まれてしまいたい。』
Ωの性がそう脳内で叫び散らす。
「た、つ、きみ...っ、イかせ、て...っ。」
羞恥よりも、屈辱よりも勝る、もどかしさが、俺のプライドをへし折って言葉にする。
涙に潤んだ瞳で、絶え絶えに、背後の辰公を見ると、辰公は悪魔のようにギラついた薄く透き通った瞳で、長く筆で滑らかに跳ね上げたような目尻の睫毛から滴る汗を落としながら片頬笑む。
「...名前なんて呼ばれたら、加減できねーよ...っ。」
と、今までよりも強く引き寄せられた腰は音を出して打ち付けられ、激しさと快感が比例して登りつめていく。
「ッア、ッあぁ!ひッ...んあぁ!も、イく!イくッ!!」
獣のように本能に溺れて喘ぎ声を上げる。
今までのように止まることなく、腰は打ち付けられ、辰公が重ねた手にも力がこもってくる。
「いいよ、イけよ...っ。」
辰公の言葉が、溢れそうなコップの最後の一滴を落とす。
水門が開いたように堰き止められた快感が先端に向かって流れ出す。
同時に後ろの穴が痙攣し、ナカが激しく収縮する。辰公のモノを締め付け離したくないようにナカが狭まる。
「ッ~~てめぇっ。」と、悔しそうに笑う辰公が喉を逸らせてはまた視線を戻す。
「ッあァ....っあ゛ぁ...‼︎」
声と共にどくどくと白濁の液が滴り落ちる。
辰公が肩口に噛み付いたかと思えば、荒々しく息をしながらモノを引き抜いて、背中にぽたぽたと雫が飛び散る感覚がした。
痛みが飛んで目の前が真っ白になり、快感の余韻が全身を包んだ。
頭がパンクした。これ以上何も考えられないと、思考を放棄した。
そこからふと暗転。
余韻も虚しく目が覚めれば隣で辰公が眠っていた。
寝ている辰公の尖った鼻先からスースー吐息が漏れる。
寝てるとこんなに無害そうで、きれいなのに目と口を開けると性悪なのが分かってしまう。
勿体ない。
相変わらず釣り上がった眉が、ぴくりと動くとゆっくりと目が開く。
「天国からやっとお帰りか?」
フフンと得意げに口角を上げるとやはりあの性悪な目で俺を見る。
「あんたほんと性格悪いよ。」
怪訝そうに眉を顰めるとすました顔の辰公が俺を胸に抱いた。
ゆっくりと心臓が内側から叩く音が聞こえる。
「よく言われる。」
胸から顔を上げた俺にキスをする。
恋人のように、当たり前のように。
このキスが心地よかった。官能的で激しいキスじゃない。ただ慈しむようなキスだ。
愛されているようなそんな感覚に、心が浮つく。
半ば犯されたような状況だったのに、後味がいいのが逆に気味悪い。
「覚えたか?セックスの仕方。」
挑戦的に笑む辰公に、俺は「まぁ少し。」と無愛想に答えた。悔しい気持ちが思い出されてまた滲む。
「お前センスあるから、また教えてやるよ。」
するりと腰に手を差し入れると、尾骶骨を指先でなぞる。ゾクゾクと肌が立ち上がり、小さく吐いた吐息を見逃さない辰公は目を細める。
「それって...。」
「仕事以外でも抱いてやるよ、嶺緒。」
また『嶺緒。』と、耳元で甘ったるく囁く声がこびり付く。
名前を呼ばれると、昨日の事を鮮明に思い出して顔が熱くなってくる。
「っ頼んでねーよ。」
腰の手を払い除けると、辰公に背を向けた。
耳まで真っ赤になったこんな顔、もう見られたくない。
踏んづけられた体が起き上がらないのと同じように、俺はこの人といるとΩというものを自覚させられる。
本能を曝け出せる。悔しいけど楽だ。
自分の“αもΩも平等だ”という信念自体が、俺の本能と逆走してる。本能に負けまいと作り上げた俺が、絶対に許すことの出来ない俺の“本能”をこの人は受け入れてくれる。
ドクドクと心臓が跳ねていく。
本能のままの自分を目の前にして息が詰まっていく。昨日の事を思い出して、ぞくりと甘く体が痺れる。
そんなはずない。と自分を否定する。
俺の背中だけでどれだけの事を辰公が思ったのか、感じたのかは知らない。
でも辰公は俺を後ろから抱きしめて頸に口を付けて。優しく言った。
「俺に惚れるなよ。」
心を暴かれたような気がして息がまた詰まった。そんな俺を抱きしめたまま、2人のズレた鼓動の音が溶けて重なっていった。
「誰があんたなんか。」
振り向かないまま、冷たく、何も勘付かれないように答えた。
「はは、そうだよな。」
乾いた笑いを浮かべて辰公が昨日噛んだ俺の傷跡を労るように唇を落とした。
噛まれた痕がじくじくと、傷が治った後も俺を苦しめ続けた。
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