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第5話 -は-らしく。
僕が嶺緒と出会ったのは高校生の時。
嶺緒が僕の初めて好きになった男性で、それから僕は嶺緒から抜け出せなくなった。
僕は人口の75%を占めるβ。
βの両親から生まれた普通の子。
人と違う所をあげるとすれば、僕は両親に恵まれて、αが多い有名進学校のJIC附属高校の普通クラスに通わせて貰った。
その高校で初めて見た“白川嶺緒”は背も高くて、横顔が綺麗で、人を寄せ付けない様な不思議な雰囲気を持っていた。
僕は分け隔てなく、誰とでも友達になれる性格をしていたのだが嶺緒はSクラスという殆どがαで占められている優秀なクラスに在籍し、Sクラスとは校舎も違った事から僕は彼の姿を見る事も話しかける事もできなかった。
しかし、2年の半ばで嶺緒は同じクラスのαとの喧嘩をきっかけにβの多い普通クラスに転科する事になり、僕はそのチャンスを見逃さず嶺緒に話しかけに行った。
「ねぇ、僕長瀬泉。白川でしょ?宜しくね。」
隣のクラスに来た嶺緒の転科の噂と同時に、嶺緒が実はΩだという噂も広がった。顔もスタイルもいい嶺緒は、普通クラス中の話題に上がりファンも多かったがその近寄り難い雰囲気と、“αを殴ったΩ”というレッテルから友達も居らず、1人で居ることが多かった。
「あ...うん。よろしく。」
興味がなさそうにふいと僕の顔から目を背けると、2年半ばでは少し早い大学受験の参考書を開いた嶺緒はすぐにノートに目を落とした。
嶺緒の近寄り難さは折り紙付だった。
近寄り難い嶺緒の元へ僕は毎日しつこく通って、特に踏み込んだ話はしないものの、追っかけ回した結果、嶺緒のことを少しずつ知る様になった。
昼休みに時々反対側の校舎のSクラスに足を運ぶと、2人の同級生と話しては自分のクラスに戻るを繰り返しており、嶺緒にも話す友人がいるんだと僕は勝手に少し安心した。
僕と話す時の嶺緒はいつも勉強をしながらだったが、ある日休み時間に嶺緒の元へ行くと、嶺緒は参考書を全て閉じて頬杖をついて僕を待っていた。
「あれ...白川、お勉強は?」
僕がいつもと違う嶺緒を見て机の横で立っていると、「座れよ。」と声をかけてくれた。
今までの嶺緒とは起きた事がない状況に僕がおずおずと座ると、嶺緒が参考書類をバックに片付けまた頬杖をついた。
「何話す?」
嶺緒からの言葉に、初めて僕が友達として認識された様な気がして嬉しかった。
それから僕は“嶺緒”と呼び、嶺緒は僕を“泉”と呼ぶようになり僕らは友達になれた。
僕は今まで聞きたかった事たくさん質問して、嶺緒は丁寧に全部答えてくれた。
嶺緒は決して裕福な家庭じゃない事から特待生として無償で入学できたということ。
塾に通うお金がないから休み時間も1人で勉強しているという事。
学校終わりはバイトしているという事。
昔から格闘技が好きで、今も格闘技だけは習いに行っていると言うこと。
勉強やバイトで時間がないから、嶺緒は自分から友達を作る事もせず、一人で過ごす事が多かったみたいだ。
そこまで勉強に注ぎ込む理由は、嶺緒の一つの信念に繋がるらしい。
αもΩも同じ人間で優劣はないと言う考え方だ。
当時、まだ多かった“α絶対主義者”と相対する考え方を持った嶺緒にこの世の中は厳しい世の中だったようだ。βの僕にはΩの嶺緒の視点なんて知らなかった。
そんな嶺緒の昔話をそれはもう少しずつ、嶺緒の時間ができる度にまるで物語に栞を挟んでちょっとずつ読み進めるように僕は嶺緒から教えてもらった。
僕は嶺緒の物語を読み進めれば読み進めるほど、彼に惹かれていった。
そんな僕が嶺緒と一緒にいることが多くなったある日、事件が起きた。
「あれ、嶺緒はー?」
放課後ちょっと目を離した隙に嶺緒は教室から居なくなっていた。
クラスメイトも、ふらりと出ていった嶺緒を見ているだけでどこに行ったかまでは知らない様子だった。
荷物は置いたまま。僕は辺りを探しに向かった。
トイレかなーなんて、トイレを何箇所か見に行ったけど居ない。
最後にあまり使われないトイレに向かうと、嶺緒ではない別の人影があるのに気づいた。
「や...やめてよ...!」
泣きそうな小さな声と服が擦れる音が1番奥のトイレから聞こえる。
いい事じゃない、きっと良くない事が起きてる。
揉め事や喧嘩なんかとは縁のない僕は心臓がバクバク跳ねて緊張していた。
それでも、僕は奥の扉に向かって声をかけた。
「...何してるんですか?」
声をかけるとガタンと揺れた扉が開き、小柄な男の子が逃げる様にトイレを出ると僕の後ろに隠れた。
はぁはぁと荒い息をする男の子のシャツもズボンも捲り上げたように寄れ、瞳には涙を潤ませていた。
「た..たすけて...!」
男の子の胸にはSクラスのバッジが付いており、刺繍のカラーで同じ学年だと言う事もわかった。
怯えた男の子の出たトイレからぬっと顔を覗かせたのは欲情した背の高いαの生徒だった。
風貌ですぐにαだとわかるほど背が高く、長い手を男の子に伸ばそうとするのを僕は遮った。
「...嫌がってますよ?先生に報告したほうがいいですか?」
比較的、身長は高めの部類に入るβの僕でも怖いと思ってしまうほど本能を感じさせるαの欲情は、後ろの小さな彼にとってはとても恐ろしい物だっただろうと思う。
「学校で発情してるΩが悪いだろ...?退けよβの凡人。」
口を開いたαの男の言葉にΩの男の子は反論する様に声を出す。
「僕はちゃんと抑制剤を持ってきたはずなんだ...!」
僕の肩を掴むΩの生徒はぎゅっと震えた手に力を込めると男は手に握った何かを僕らに見えるように床に落とす。
落ちた物に目線を落とすと、薬の入ったアルミ製のパッケージが見える。
「僕の...抑制剤...!やっぱり君が...!」
Ωの男の子がそう口に出すと、落ちた薬をαの男は踏み躙った。
「だったら何だよ、先生に言うのか?誰がΩの肩を持つと?」
鼻で笑うと男は僕の胸ぐらを掴む。
「で?お前は関係ねーだろ?なぁ?さっさとこいつ置いてどっか行けよ。」
男の息の熱を感じる。
荒い息は今にも僕もろとも、後ろのΩを壊してしまいそうな勢いだった。
怖い。
そう思うと同時に聞き覚えのある声がトイレに響いた。
「泉ー、こんなとこ居たのかよ。楽しそうな事やってんじゃん。俺も混ぜてよ。」
トイレの入り口に立つ嶺緒が貼り付けたような笑みを僕らに向けると、αの男が露骨に嫌そうに表情を歪める。
一方でΩの男の子は「白川くん!!」と表情を少し明るくして嶺緒を見つめていた。
「白川、お前、北棟に居たんじゃねーのかよ....。」
北棟はSクラスと第一職員室という大きな職員室がある校舎だ。
嶺緒は普通クラスのある東棟ではなく、北棟に居たらしい。
「よく知ってるじゃん。お前だろ、竹石。俺が先生に呼ばれてるって嘘吹き込んだの。」
笑顔だった嶺緒が竹石と呼ばれる男を睨みつけると、まるでその場が全て凍ってしまうかのように冷たい視線が僕らを動けなくする。
いつも真面目に、たまに微笑んだりしながら僕と勉強をしている嶺緒の怒っている姿を初めてみる。
嶺緒が近づくにつれて、カツカツと鳴るそ革靴の靴音がトイレに大きく反響し、不気味さが増していく。
「まだ俺に殴られ足りないわけ?お前も物好きだね。」
竹石と呼ばれる男の目の前に立つと、片眉を上げた嶺緒はバカにするような声色で口角をあげる。
必要な事以外は殆ど口にしない嶺緒が嫌に饒舌で煽るような言い回しを使う事が、僕は怖かった。
そしてこの言葉で、嶺緒が普通クラスに転科する要因となったのがこの竹石だと言うことに僕は気づいた。
竹石はグッと悔しそうに奥歯を噛み締める。
「この....Ωの癖にッッ!!!!!」
αでもない嶺緒がSクラスに入って来たのも、身長も容姿も恵まれていたのも、妬んで虐めた末に返り討ちにされたのも全て竹石は許せなかったんだろう。
竹石が振り上げた手は嶺緒じゃなく、
僕に振り下ろされた。
(殴られるっ...!)
反射的に目を閉じたが、予想される痛みを全く感じない。恐る恐る目を開けると、嶺緒が僕の目の前で竹石の手を抑えていた。
「は??何してんのお前?」
低い声で発した声が恫喝するように相手を怯えさせ、軋むほどに掴んだ腕に力を込めると「い゛ってぇ..!」と竹石は唸り声を上げた。
そのまま腕を後ろに折れてしまいそうなほど曲げると、嶺緒よりも体格のいい竹石を膝でトイレの地面にうつ伏せに押さえつける。
「かはッ....!」
膝で押さえつけられた事により胸の空気が強制的に押し出された竹石は苦しそうに表情を崩した。
そんな竹石に容赦なく、嶺緒が空いた腕を振り上げる。
もう押さえつけられ動けない相手に向けて、これから拳を振り下ろすのかと思うと僕は恐怖を感じた。
「ダメだよ嶺緒っ!!!退学になっちゃ
う...!」
嶺緒の腕を止めると嶺緒が僕に目を向けずに止めた腕を引き剥がそうと力を入れる。
「離せよ泉、こいつは一回殴ってもわかんねぇ奴なんだよ。」
濃淡のない嶺緒の声が、静かな怒りを感じさせる。手を抑えている僕に向けられている怒りではないのに、怖くなってくる。
僕と嶺緒が無言で互いに問答をしている中、ドサッと何かが落ちた音で2人は振り返る。
「明見!」
立つことすらままならなくなったΩの明見と呼ばれる男の子が苦しそうに息を吐きながら座り込んでいた。
同時に息を荒くする竹石を見て嶺緒は相手の首を腕で締め上げて意識を落とすと、慌てたように明見に駆け寄った。
「白川...くん...、ありがとう...、はぁ..はぁ...。」
「明見、薬は?」
不安そうに明見を支える嶺緒が明見の伸ばす手の先の粉々に潰れた薬を見て理解すると、静かに話した。
「...泉、俺ここ見とくから、保健室の先生呼んできて。」
目も合わせない嶺緒のことが心配だったが、僕は指示を聞くために立ち上がった。
「白川くんっ...怖かったっ...。」
縋るように抱きつく明見と優しく「大丈夫だよ。」と言いながら背中をさする嶺緒を見て、僕は少し心がざわついた。
こんな状況なのに僕は何を考えているんだと罪悪感に見舞われながら2人を置いて先生の元へと走った。
事情を聞いてβの先生達が数人で現場のトイレまで駆けつけた。
明見と竹石は別々の保健室に連れて行かれ、僕と嶺緒は事情聴取を先生から受けた。
明見は噛まれこそしなかったが、体を触られ心には傷を負った。
竹石は元から素行が悪かった事もあり停学。
嶺緒は特にお咎めを受けずに済んだ。
「ごめん嶺緒、僕何もできなかった。」
2人で暗くなった帰り道、公園で座りながら話した。
「泉を探しに行かなきゃ気づかなかったし、泉が竹石を止めてなかったら明見は一生アイツの物になってたかもしれない。ありがとう、泉。」
僕が明見くんの傷を少しでも浅くしたには事に間違いはないはずだ。
でも何故か僕の中で「よかった。」という気持ちで終われなかった。
「明見も竹石もSクラスで嶺緒のクラスメイトだったんだね。」
僕が嶺緒を見ると嶺緒は遠くを眺めながら話していた。
「...そうだよ。俺と明見はSクラスで2人っきりのΩで、竹石は俺と明見のことはよく思ってなかった。」
きっと、明見くんに対してに罪悪感を感じているんだろう。
話をする白い嶺緒の顔を公園の白い街灯が照らして、僕の目に物悲しげに映る。
「一方で竹石は明見の事が好きだった。でもΩを好きだなんて自分のプライドが許さなかったんだろうな。明見を虐めてたけど、俺以外誰も止めなかった。竹石が大手企業の社長の息子だったからだ。」
学力優秀者を集めたSクラスはαが多く、有名校ともなれば社会的地位の高いαの子供が多く在籍するのもこのSクラスの特徴だった。
お陰で子供同士でも、誰の息子やらお得意さんの御子息とかそう言う対面を気にしなくてはならない。
そんな中にΩがいるのも、一般家庭の嶺緒が居るのもかなり珍しく、竹石はクラスの中でもトップクラスの大手企業の子供だったためクラスメイトも先生も下手に手出しができないのだった。
「竹石とは明見の事を巡って言い合いになった末、俺が殴った。でも俺だけ転科。たった1人残された明見は??ライオンの檻の中に放り込まれた兎と一緒だ。」
嶺緒が視線を地面に落とし、表情にも影が落ちる。
「だから嶺緒はいつもSクラスに顔だしてたのか...。」
明見の心配をしてわざわざ別校舎まで会いに行ってた。
そう思うと僕の中でもやもやとした気持ちが心を立ち込めた。もし2人が付き合ってたら...。そう思うだけでモヤモヤは重くなっていく。
僕は、嫉妬していたんだ。
「明見と嶺緒は付き合ってるの?」
僕の質問に嶺緒は不思議そうに答えた。
「明見はただのクラスメイトだよ。」
嶺緒は誰とも仲良くしようとはしないのに、自分よりも弱い人間は助けてしまう程お人好しなだけだった。
揉め事に首を突っ込んでしまうほどの、優しい人間なだけだった。
それを知った僕は明見と嶺緒の間で何もなかった事に心底ホッとした。僕はここで初めて嶺緒の事が好きなんだと気づいた。
この後僕らは相変わらず、変わらない毎日を過ごしていき、僕は嶺緒に告白をしないまま時だけが進んでいった。
嶺緒は、習い事やバイトで忙しい中、受験勉強をし、有名国立大学の鹿瑛大医学部に合格。僕はそのままエスカレーター式にJICに入学。嶺緒は医学部だったが故に忙しい日々に追われ、僕と連絡を殆ど取っていなかった。
その後嶺緒は大学を中退。
デルタに入り、20歳でショーデビューした瞬間に駆け上がるようにナンバーワンを勝ち取った。
そんな事さえも、連絡を取り合わなくなった僕は知らずにいた。
僕は高校から今まで、ずっと走り続ける嶺緒に、「好き」なんて言えなかった。いや、走り抜ける嶺緒に近寄る人は少なくて、『僕が唯一の友達だ』って『僕だけの嶺緒だ』って何処かで慢心していただけなのかもしれない。
届きそうだった嶺緒の背中に触れるのを躊躇っていたら、あの事件が起きて、嶺緒自身が恋愛を拒むようになってしまっていた。
僕がαで、嶺緒の運命の番だったら、嶺緒は僕を愛してくれただろうかと、何度もそんな夢を見た。
でも夢は所詮夢で、現実で僕は嶺緒に気持ちをはっきり告げるべきなのか、今回の件で僕は決めなければいけなくなった。
「「「嶺緒ーー!!」」
「「泉ーー!!!」」
音が聞こえそうなほど瞬くフラッシュと、色とりどりのライトが舞台を染め上げ、観客の甲高い歓声が僕と嶺緒を迎え入れる。
手を伸ばす観客の手が触れない程度の近い距離に嶺緒と僕が立つと途端にドンッと、心臓を揺らすほどの低音が鳴り音楽が会場全体に響き渡る。
観客を横目に、根元まで見えてしまいそうな程艶のある舌を出した嶺緒の首に腕を回し、僕も真似るように舌を出す。
確かめ合うように舌先を触れ合わせると、口を塞ぐ事なく、2人の口を渡るように舌を絡ませる。
「んっ、はぁ...ん、ぅん..。」
ショー前に僕らがするような、ゆっくり相手を感じ取るようなキスではなく、舌を出して絡まっているのが分かるような魅せるためのキスをすれば、空気を含んだ水気のある音が、繋がった舌を伝って2人の耳に響いていく。
「嶺緒...っ、ん...。」
僕の中で会場の音は遠くなり、目の前の嶺緒の艶かしい表情と口内に響くキスの音と、全身の感覚だけが敏感になっていく。
「...っ、ネコやってる方が似合ってるよ、泉。」
音に合わせて腰を揺らす度に互いの股間が擦れ合い、耳も手も股間もじわじわと熱を帯びていく。
「そうかな...?」
ポールダンスのように、嶺緒の体を軸に滑り落ちると嶺緒の開いた腹部にキスをして、股間に頬を寄せてぴっちりと嶺緒のモノを納めた浅いパンツを下ろすと容易く嶺緒のモノが顔を覗く。
「んぁ...ふ、ん、。」
舌先で竿の先端を舐め取り、口に含む。
飴玉でも転がすように含んだ口内で丸みを帯びた先端を舐め、続いて根本から先まで舐め上げていく。
小さい子供が溶けて垂れ落ちるソフトクリームの液を溢さないように舐める様に、根本から先までを往復すると、嶺緒が首を仰反らせ僕の頭を優しく撫でなら見下ろす。
「...上手。」
その目は嶺緒の薄い虹彩に会場の甘いピンクや赤のライトが写され、綺麗に整った顔も相まってまるで淫魔にでも服従させられているような気分にさせられる。
ほんっとに、“Ωらしくない“なりしてる。
見下ろす目線は高圧的で、僕を跪かせている姿に悦を感じているようなその笑みは“α“そのものだ。
「ぼーっとすんなよ、泉。」
ぐいと、頭を押さえられ嶺緒のモノが喉の奥まで入ってくる。
「んぐ..ふぁ...んぁあ...。」
上顎を擦られて、僕もゾクゾクと腰に小さな痺れが走る。
まだフェラをしているだけなのに、嶺緒の表情と会場の雰囲気に呑まれていく。
大きく開けた口から唾液が溢れて、苦しくなってきた所で、嶺緒が抑える頭を離すと、四つん這いに体勢を変える。
いよいよ挿れられる。
胸が押し上げられるように苦しくなって、期待で息が浅くなる。
伸縮性のあるローライズのショートパンツの後部を捲られて、裾の隙間から嶺緒のモノが僕の中に入り込んでくる。
「んんん...っ。」
準備の時から焦らされていたものが、中を埋めていくのが心地よくて、声が漏れる。
後ろから覆い被さるように僕の耳に近づく嶺緒が囁く。
「我慢しといてよかったろ?」
笑みを含んだような言い方と、打ち付けられる波に翻弄されながら、大勢の前で眉を下げて快感に悶えて喘ぐ。
「あぁんっ...!」
慣らされた穴からは打ちつける度に仕込んでいたローションがまるでΩの様に漏れ出る。
Ωに責められるβ、普通は殆ど見ない構図だが、嶺緒のそのルックスがさも当然のように感じさせる。
打ち付けられる波が勢いを増して、僕の意識を白く覆い始める。
「っあァ!いく...っ!はぁ、んあっ!——ッッ‼︎」
開きっぱなしの口から漏れる快感の声は嶺緒の耳に届いたようで、激しく鳴る音楽以上の速さで煽り立てられると、震えた腿が内股に閉じるのを堪えながら快感を吐き出す。
「泉ぃ、ケツだけで潮噴いちゃってるよ...?まだずっとイけるから良かったね?」
無色透明な駅が腿を濡らしただけで、射精は出来なかった。
だが、射精に似た快楽が脳を覆ってふわふわとだが痺れるような感覚に頭がぼーっとし始める。
「うそ...潮噴いただけ...?イってないの..?」
「そーだよ泉、ホンモノ出すまでヤっちゃおうか?」
楽しそうに悪戯をする子供のような声で、緩くした動きをまた早めると、僕は自分の意識とは関係なく先端から何度も潮を噴き出させる。
「ッア...!嶺緒ッ!!もう出ないッ!あぁッんぁ!やめ...!」
漏らした水が少しずつステージに小さな水溜りを作り始め、僕も嶺緒だけしか見えなくなってしまいそうになる。
「出ないとか言ってずっと出してるよ、泉。だらしない顔...そんな顔みんなに見られて気持ちよくなっちゃってんだ?」
背後から添える嶺緒の手が、振り返らせるように僕の顔を誘導する。
仰ぎ見る嶺緒は気持ちが良さそうに笑っていて、そんな嶺緒に責められている事に興奮を覚える。
「気持ちいいよ...嶺緒、んぅ、。」
強請るように見上げた顔に応えるように嶺緒が口を重ね、僕の唇を塞いだまままた突き上げて、漏れた声が口から反響して自分の耳に戻ってくる。
「んっ、うっ、んっんっ!」
揺れる体と塞がった唇が離れる度に声が漏れる。未だ回数を減らしつつも、先端から水が飛び散るたびに快感に襲われる。
「そろそろ前でもイかせてあげる。」
嶺緒が水でベチャベチャに濡れた僕のモノを後ろから突きながら扱き始める。
「ッ!アッ!もうだ...めッ!れおっ!」
押さえつけていた快感にパンパンに溜まった精液が今にも飛び出しそうになる。
耳までカッと熱くなって、体がじわりと汗ばんで、見下ろしながら悦に入った嶺緒が「イけよ、泉。」と言った言葉で弾けた理性が吐き出される。
「んアァンッ‼︎〜〜〜ッ...!!!」
腰は仰け反り、自ら嶺緒のモノを飲み込みに行くようにお尻が上がって上擦ると、フラッシュの様に一瞬白くなる頭とともに嶺緒の手は僕の精液でいっぱいになる。
「かわいい、泉。」
吐き出された液を見せつけるように手のひらから嶺緒が丁寧に舐め上げていく。
煽り気味に見た重たい瞼と長いまつ毛がその艶かしさを増長させる。
「嶺緒...れお、。」
求める目で見ると絡まる様に抱きしめ合って、舌を入れた濃いキスをする。
薄目で見る嶺緒のキスに集中した眉を顰めた顔が好きで堪らない。
僕のないでは物凄く甘くて、セクシーなセックスだったけど、会場は音が鳴り響いて、僕らの声は届かなくて、視覚的なショーだったと思う。
キスを終えると嶺緒が僕の手を立つように引き上げる。
「今日俺、客席降りるから。」
“客席に降りる”と言うのはショーの後のサービスの様なものだ。
普通のキャストならチップ集めにサービスするのが普通だが、現在ナンバーワンの嶺緒は殆ど客席には降りない。
偶に降りる、それも前列だけ。
奥の客には目配せをして、前の客には話をしたり触れたりする事もある。そうやって席の金額で、客へのサービスを区別する事で、後方の客を焦らす。
ステージが暗転して、僕らは一旦裏に引く。
靴を履いて出てくればラッキー。
出てこなければサービスはナシという事だ。
今日僕らは靴を履いて、舞台に戻りまたスポットライトと音楽が鳴り始める。
これを見た客は、サービスがあると理解し歓声を上げた。
ステージ横に出された階段を降りると、僕と嶺緒は一緒に席を回る。
1人ずつバラけたほうがいいんだろうが、僕らはペアで人気が高い。
だから2人でいる方が客も喜ぶのだ。
「嶺緒ー!泉ーーー!!」
興奮した女性客の席へと嶺緒が近づく。
きゃー!と嬉しそうに声を上げると、嶺緒と僕の露出の多い服の隙間にチップを挟んでいく。
「ありがとう、お姉さん達。」
嶺緒が僕の腰を引き寄せて挨拶をするとまた黄色い声が上がる。
嶺緒は分かってる。このお客さんが、僕らの絡みが好きで見にきている事を。だからあえて僕に触れる様な仕草を見せつける。
「写真撮っても良いですか!?」
興奮気味に携帯を構える女性客の前で僕に熱いキスをすると、「んぁ、嶺緒っ急に...。」と僕も表情を緩く気持ちよさそうにキスを受ける。
たった5秒くらいのキスだが、女性客はしっかりと写真に残していた。
「これで良かった?」
首を傾げる嶺緒に女性客は頷くと、「またきてねー。」と席を離れる。
1席たった30秒くらいだろうか。
それでもこのサービス欲しさに、客は高い料金を払う。
席を回るといろんな客がいる。
「嶺緒、お金をいくらでも出すから私のものになって!!」と懇願するαや、「泉と一回でいいからエッチしたい!!」と名刺を渡す者。
どれもこれも軽く受け流して、最終的に焦らしてまた来させる。
嶺緒は絶対にそういう誘いを受け入れもしないが断りもしない。
「俺の気が向いたら考えてもいいよ。」「俺をその気にさせてよ。」と相手の体に指先だけで触れて、意地悪に返す。
僕はいつも嶺緒を真似て断っている。嶺緒は客と絡めば天才的な返しをする。
嫌な気にさせない、でも自分の意のままに動かす言葉。
本当に小悪魔だ。
「もう戻ろう、泉。疲れちゃった。」
僕に後ろから抱きつくと、自重の負荷を僕にわたして歩き始める。
互いにじっとりと汗ばんだ身体が触れ合う。
「そうだね、シャワー浴びよう。」
僕がヘラと笑うと嶺緒も笑みをかえした。
舞台裏のシャワー室へ入ると脱ぎづらく汗で纏わりついた服を回収カゴへと入れて、シャワーを浴びる。
今日僕はこの後言おうと思ってる。ちゃんと、自分の気持ちを。
どう言おうとぼーっとシャワーを浴びていると嶺緒が不思議そうに呟く。
「今日は触ってこないの偉いじゃん。」
そりゃ、これから告白することで頭いっぱいだし、全然余裕ないから触ったりできないよ...。
そんな気持ちと裏腹に嶺緒を煽る。
「触って欲しかった?」
「いーや、全然。」
ふいと顔を背けた嶺緒がボディーソープで体を洗う。
抱きついて、好きだって言って、OK貰えたらどんなに楽だろう。
きっとそうもいかないんだけど...。
後から言おうかな、今いっちゃおうかな。
チラリと嶺緒を見ると不思議そうに僕を見て、髪をかきあげて水を絞り落とす。
「嶺緒、あのさ。」
「何?もしかしてお尻痛かった?」
少し心配そうに僕を見るとシャワー室を出ようとする嶺緒が踵を返す。
今しかない、今しかない。
近づいた嶺緒の手首を握ると、決意した様に顔を上げて、はっきりと言った。
「僕、嶺緒のこと好きだよ。」
「し...知ってるよ。」
そう返すも嶺緒は僕の真剣な表情に、いつもと違うと感じたのか、たじろぎ始める。
「だからさ、ちゃんとお付き合いできるか考えて。返事が欲しいんだ。」
追い討ちをかけるようにそういうと、豆鉄砲を食らったはとのように、目を開いたまま固まって、複雑そうに目線を下すと、オロオロと視界を泳がせて似合わない表情で黙り込んだ。
時間にして1分ほど、嶺緒が状況を理解するための時間が過ぎた。
お互いに、シャワーの雫が体を伝って落ちていき、ぴちょんとシャワーヘッドに残った水の滴る音だけが室内に響く。
「いつかこうなるって思ってた。」
嶺緒の一言で静けさが消える。
心臓がバクバク鳴って、怖くなってくる。
これ今聞いて、僕この後どうしたらいいんだろう。
「いつか言わないと、っては思ってたよ。でもさ壊すのが怖くて、いつか恋愛の怖さとか消えて泉のこと好きになる時が来るんじゃないかって思ってずっと、避けてた。ごめん。...でも——
「嶺緒、その返事...さ、来週まで考えてくれないかな?」
”でも“の後が予測できた。
きっとそのまま話を聞いてたらフられてた。
「....わかった。来週までに考えとく。」
戸惑ったような嶺緒が、返した踵をまた出口へ向ける。
シャワー室を出て行く嶺緒に、僕は何も声をかけられなかった。
残ったのは、罪悪感と喪失感だけ。
ショーの疲れもあって、しゃがみこんでシャワー室の壁に体を預けると、ポロポロと涙が出てきて、シャワーで掻き消しても、涙はなかなか収まってくれなかった。
ただ先延ばしした辛さを噛み締めて、1人という空間が自分を責めるのには最適だった。
シャワー室を出て、スタッフから渡されたローブで休憩室まで戻ろうとすると、辰公に後ろから緩く抱かれた元親が腕の中から僕に向かって駆け寄ってくる。
「いずちゃん!なんかあった!?大丈夫!?」
僕の顔がそんなのひどかったのか、それとも嶺緒が何か言ったのかわからないが、心配した元親を抱き止める。
「元親...。」
心配されて気が緩んだのか、じわりと涙が出てくる。
元親を追うように歩み寄ってきた辰公がギョッとすると、額に手を当てて俯くとため息を吐く。
「うわ!いずちゃん!!!泣いてるっ!!!泣かないでよーー!!」
大きな声で驚く元親の口を辰公が後ろから抑えると、気まずそうに眉を下げる。
「悪い泉、チカが泉が心配で仕方ないから一緒に帰るって聞かなくて。」
バツが悪そうにする辰公を気にする様子もなく元親は辰公の腕から擦り抜け、僕に抱きつく。
「だいたい、タツがいずちゃんにプレッシャー掛けるからさぁー!!!」
叱りつける元親に、辰公はしまったと言うように眉を顰めバツが悪そうな表情はそのままに「悪かったよ。」と素直に謝る。
「なんかれおに言われた?」
心配そうに覗き込む元親に見せたくはないのに表情が感情に負けて曇っていく。
「告白したんだ。ちゃんと。答えは来週にしてって僕がお願いしたんだけど、その場でフラれそうになっちゃって。そんで、怖くて...」
話を切り上げるよりも先に涙がボトボト落ちていく。
大きい雫が地面を歪めて落ちては弾けて消える。
そんな僕を見て元親も一緒に涙をこぼし始める。
「えっ...元親、グスッ...なんで...?」
鼻水を啜りながら元親を抱き返すと元親が「ごめんね、ごめんね。」と僕の胸に顔を埋めたまま泣き始めた。
「元親...、自分を責めるなって言ったろ。」
辰公が元親を僕から引き剥がすと、元親は母親から離れた子供のように駄々をこねながら泣きじゃくる。
「...だって!」
「いいから、帰るぞ。」
少し機嫌悪そうにする辰公に抱き攫われそうになる元親が僕の腕を掴む。
「いずちゃん、今日チカんちおいで!!1人でいたらしょんぼりでしょ!?」
「えっ...?!でも、
「はぁ?何でそうなんだよ。」
僕が断るよりも前に辰公が声を出す。
元親はまだしも、辰公は家に友達を入れるような性格の人間じゃない。
「チカはいずちゃんと帰るの!!いずちゃんはいま独りになったら悲しくなっちゃうのわかんないの!?タツはそう言うところ本当にバカだ!」
憤慨する元親がギャンギャン泣き叫ぶと辰公の抱き上げた肩を拳で何度も殴りつけた。
「いたた、あ゛ーーもうわかった、分かったから!!泉、いいか?お前はそれで。」
殴りつけられ揺れる体のまま辰公が仕方なさそうに僕を見る。
「2人が大丈夫なら...僕は助かる。」
悲壮感の滲む表情に辰公は目を伏せると、「じゃー帰るぞ。」と帰路に目を移す。
「今日はみんなでお鍋にしよーね!」
嬉しそうに抱えられた足をばたつかせると、辰公が一つ息を吐いて、僕たちは3人で井上家に帰った。
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