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第9話 手のひらの上。
タツの事、泉の事。
全部北尾の言う通り。
俺は、αのタツとうまくいかず、挙句あんな事件まで起こって、逃げるように泉とペアを組んだのに、泉にさえも心を許すことはできなかった。
羞恥心と苛立ちで俺は付けられた首輪を外すことも忘れていた。
気づいたのは、家の洗面台の鏡の前。
今まで一度も付けたことのなかった首輪を外すと、付け慣れていないせいか肌が少し赤くなっていた。
普通Ωなら付けていてもおかしくない物だけど、俺は一度も付けたことがない。
Ωだと思われることも少ないし、襲われるような見た目でもないし。
何より自分が、自分をΩだと認めるのが嫌だったのかも知れない。
でも俺をΩだと言う目ではっきりと見てきた2人が、易々と俺の首に首輪をつけた事実が、俺は悔しかった。
鏡に映った自分が、Ωという分類で他人から見られている事実が今更嫌になってくる。
Ωというレッテルを利用して仕事をしているくせに、馬鹿みたいだ。
『またそうやってαから逃げるの?』
北尾の言葉を何度も思い返してしまう。
逃げないために立ち向かっていたつもりだったのに、俺はもう2年も泉に守られてαと仕事する機会すら無くしていた。
鏡に映る自分が、見た目はαだと言われるのに、ただの情けないΩにしか見えなくて苛立ってくる。俺はただのΩコンプレックスの塊でしかなく、それをαを負かす事でΩへの劣等感を消そうとしているだけだと言う事を改めて思い知らされる。
握りしめた首輪を乱雑にリビングのソファに投げつけた。
その時、椅子の下に見覚えのないものが見えてしゃがみ込むと、この間奏が飲んでいた薬のパッケージが新品のまま落ちているのに気づいた。
「...忘れて行ってる。あいつドジだなぁ。」
銀色の薬のパッケージを拾うと同時に、奏の事を思い出す。
奏となら、Ω同士一緒に生きていけるんだろうか...。
そう考えてはすぐに首を振って雑念を吹き飛ばす。
今俺は自己嫌悪で自分自身の心を傷つけてしまいそうだ。
シンクに残ったコップの事を思い出して、事務的に、特に何も考えずに「洗わなきゃ。」と、シンクからコップの口が見えた所でぐにゃりと視界が歪んで突然眩暈が俺を襲う。
膝の力が抜けて、動悸がして、崩れ落ちる様にキッチンにしゃがみ込むと、流しを背にゆっくりと息を吸う。
「…はぁー、っはぁー...なんなんだよ...。」
発情期、確かに来てるけど、薬を飲んだのに急にこんな風に眩暈がするのはおかしい。
だがそんなおかしな事がここ2ヶ月で2回目。
突発的に起きている。偶然とは思えない。
Ωである事に、嫌気が差している俺に追い討ちを掛けるようにヒートが起きる。
受け入れろと言われているみたいで嫌になる。
キッチンに置いていた抑制剤を手だけを伸ばして取ると、冷蔵庫の中の水のボトルを開けて飲み下す。
震える手で口から水がこぼれて服を濡らして冷たさを感じるが、相変わらず身体は熱ったまま冷めてはくれない。
手が股間に伸びて、欲を吐き出したくて、自然と足が開く。
邪魔な服から足を抜いて、焦るようにすぐにモノを手にすると、まだ扱いてもいないのに手にぬるりと溢れた愛液が絡まる。
「っあ...ふ、あッ、は、ぁっ」
そのまま手を動かして元の、発情状態にない自分に戻るために自慰を行う。
誰もいない家で演技をする必要もなく、自分で与える刺激に伴って声が漏れた。
気持ちがいいと感じるのに、物足りなさが虚しくさせる。
『後ろに挿れたい。』そう思ってしまう体になってしまっている。
自分のモノを扱きながら肛門に指を押し込む。
容易く入った指は自分の一番感じる部分を的確に突いて、先程よりも部屋の中に声が響き渡る。
「あッ!んんッ...!」
容易く絶頂を迎え、手に白濁液が溢れて付着する。全身から力が抜けて、疲れがどっと押し寄せる。でも身体は火照ったまま、自分のモノはもう萎えているというのに、欲だけが先走り射精とは別の形で快感を欲していた。
もう射精はできそうもない。
満足している筈なのに、今度ははっきりと、挿れられたくて、後ろを突かれたくてどうしようもなくなる。
自分が挿れられている姿が浮かんで、キスをして力が抜けていくのを思い出して下腹部が疼いて切なくなった。
こう言う時に出てくるのは、挿れてる自分ではなく挿れられている自分だ。身体は責められるのを望んでいる。
そんな妄想から守るように自分の体を抱いて蹲る。
頭はぐるぐると性欲を満たす為の妄想や記憶で溢れかえって苦しくなった。
一人暮らしの家には、自分以外いる筈もなく誰でもいいから助けてほしいと、今すぐ抱いてほしいと、携帯の履歴を漁って出た『奏』の表示にコールした。
出たとして、何を言うつもりなのか。
いますぐ来て抱いてくれてとでも言うのか?
相手は俺と同じΩなのに。
仕事の事を打ち明けたばかりでこんな状態で電話をして、淫らな男だと失望されるんじゃないのか。
耳元で呼び出し音が鳴り続ける中、一瞬だけ正気に戻って奏に電話をとられる前に電話を切った。
折り返されるのが怖くて、電源を落とすと、ヒートになってしまったとは言え、自制の効かない自身の欲に腹が立って携帯を投げつけた。
悔しくて、情けなくて、でも快感を求めて自然と伸びた手はまた欲を吐き出そうと指を蠢かせて前立腺を刺激する。
「ッあ、ん、は、くっ..、も、やだ...くそ...」
快感は感じ続けるのに、達することが出来ずにもどかしいまま寸止めを繰り返すような感覚に、心が限界まで達しそうだった。
だがそれを抑えたのは効き始めた抑制剤。
既に薬が効果を発揮し始める30分が経過しており、どうにも出来ないままベタベタに濡れた自分だけが残って、達する事はできないまま気持ちだけが冷めていった。
冷静になって、濡らした床を拭いて、やけになって服を着たままシャワーを浴びた。
ただただ、奏に電話が繋がらなくてよかったと安堵しながら、感情に任せて電話を掛けたことを後悔した。
そしてヒートになっても、ひとりぼっちの自分は、これから誰にも愛される事はないんじゃないかと怖くなった。
自分から拒否している癖に、それでもこう言う日は誰かの温もりが恋しくなって苦しくなった。
風呂場から出ると、バスローブを羽織っただけの状態で投げ捨てられた携帯を見つけて、なんでこんなことしたんだろうと、膝を抱えて、感情的になっていた自分を責めながら携帯の電源を入れる。
すると丁度携帯が鳴り始めて、慌てて画面も見ずに耳に当てた。
「...はい、白川です。」
『嶺緒さん??電話でないんで心配しました。』
奏の柔らかい声に、どうしてか泣きそうになる。
「奏...ごめん、...ありがとう掛けてくれて。」
悟られないように息を大きく吸って冷静な会話に臨む。
しゃがみ込んで、じっと奏の声だけに集中していると、冷えた雫がぽたぽたと髪から垂れ落ちた。
『なんだか、元気なさそうです。何かあったんですか?今日お仕事なのに、こんな早い時間にかけて来るなんて。』
鋭い奏の勘が、俺の口を滑らせようとする。
言っちゃダメだ。奏に迷惑かけられない。
1人で抱える苦しさに耐えながら、なるべくいつも通り話そうと平常心を保つ。
「ちょっと疲れて早退しちゃっただけだよ。それよりさ、直近で空いてる日無いかな?もう奏に会いたいよ。」
それでも、奏と居る時間は少しでも俺の心を癒すから、会いたくなってしまう。
『はは、そんなこと言われたら照れちゃいますよ。えーと、直近だと2日後のお昼なら空いてますよ。』
2日後は、泉への答えを出す日の2日前になる。
答えはもう、決まってるけど...。
「じゃあその日空けといて。俺の家でもいいし、奏と居れればなんでもいいからさ。」
俺のその言葉から、数秒、電話口から奏の声が返ってこなかった。
少し小さくため息が聞こえて、一瞬不安に駆られるがすぐに奏の言葉でその不安は消える。
『...そう言うの良く無いですよ。急にデレるなんて、好きになっちゃったらどうするんですか。...僕も嶺緒さんと一緒に過ごせたらなんでも楽しいですから、その日は予定決めずに気分で動くのなんてどうですか?』
声色から少しふざけているのがわかる。
自然とお互いに惹かれあっているような気がして、嬉しいような、でも距離を縮めるのが怖いような曖昧な気持ちになる。
「そうしよう。楽しみが出来た。」
何も気にせずにいられたらどれだけ楽なんだろうと、ため息が出そうになる。
俺がαだったら、奏は俺の事どう思うんだろうか。αだったら、こんな恋愛にも苦しんだり悩んだりせずに過ごせたんだろうか。
「奏、俺がαだったら、奏は俺の事好きになってたのかな。」
ついぽろりと何も考えずに奏に問いかけてしまった。こんな質問されても迷惑かも知れないのに。
俺は別に、奏に答えて欲しい言葉があるわけじゃない。
ただ、俺が、Ωじゃなければ違う未来が沢山あったんじゃ無いかと無意味な想像を膨らませているだけだ。
『っ...!?』
想像以上に驚いたような息を呑む声が聞こえる。
まずい事言った、よな。
「ごめん...今の忘れて...
『嶺緒さん。僕は嶺緒さんがΩで良かったって思います。変な言い方だけど、嶺緒さんと出会えたのはあの時嶺緒さんがヒートしてたからだし、本来僕たち生活する時間も真逆で出会うのなんて難しかったと思います。』
慰めるような優しい声にまたじわりと胸が熱くなる。奏は俺が一番ほしい言葉をくれる。
「うん。」
『....嶺緒さん、4日後、泉さんにお返事をしたらその後僕と会ってくれませんか?』
「いいけど、仕事終わりに泉と話すかも知れないし、次の日になるかも知れないよ?」
『全然大丈夫です。』
奏の少し固い話し方に何か大事な話があるのかと身構える。
でもその話を聞けるのは4日後。近いようで遠い。
『何かあったらいつでも連絡してください。今の嶺緒さんは少し、苦しそうだ。』
「うん、ありがとう。また今度連絡させて。」
最後に奏は俺の事を心配してくれた。
すり減った自尊心が少しだけ癒えた気がした。
俺のショーを楽しみにしている人達がいて、俺は紛れもないΩで、その人達の為に頑張らなくてはいけないんだ。
気力を少しだけ取り戻して、その日はすぐに眠った。
——
「「お疲れ様でーす。」」
ボーイ達の挨拶で振り返ると、幼稚園に行くのが嫌で駄々をこねた...みたいな表情の嶺緒さんが肩に荷物を掛けてこちらへ歩いていた。
「嶺緒っさーーーん!!!!来てくれたんすね!良かった〜...。マジもう来ないかと思いましたよ〜....。」
半泣きになりながら抱きつくとぐいと顔を手のひらで押し返される。
「鬱陶しー。俺は仕事だから来たの。」
ふんと鼻を鳴らす嶺緒さんは昨日よりも心の壁が厚くなっているのが見てとれる。
昨日あんな怒らせちゃったしそりゃそーだよな。
「昨日はすみません、でも本当来てくれてよかった。」
安堵でヘラと顔が緩むと、ツンツンしてた嶺緒さんの表情も少し緩む。
この人は優しすぎると、俺は思う。
「別に、お前は悪くないよ。北尾はあんなんだからさ、お前がいてくれてよかった。」
北尾さんの嶺緒さんに対する当たりの強さのせいか、何もしていない俺が嶺緒さんにとってマシに見えるらしい。
北尾さんと2人で居るよりは俺がいたほうがいいって事だろうけど、北尾さんの思惑通りに動かされてるみたいでちょっと癪に触る。
「なるべく無理させないように俺も気をつけるんで、嶺緒さんもキツかったらちゃんと言ってください。」
「うん、ありがとう。」
嶺緒さんの緩い笑顔にどきっとする。
みんなが憧れるのも納得。
近寄り難さは最初だけで、優しい一面がギャップとなって引き込まれそうになる。
恋じゃ無い。一瞬のときめき。
でも勘違いする奴も多ければ、北尾さんみたいに執着する人もいるんだろう。
この人は、色々と苦労しそうだ。
俺も引き込まれないように、程々の距離を保って仕事をしようと自分に言い聞かせた。
俺、彼女居るし。
「とりあえず、部屋、行きます?もう北尾さんは来てるみたいっすけど。」
嶺緒さんを覗き込むと、少しだけ表情が不安の色に曇った気がした。
「ん、行こうか。」
本人も気づいていないのか、それとも俺に気を使ってるのか。
どちらにせよ、嶺緒さんに北尾さんへの苦手意識ができてしまったことに変わりはない。
でも嶺緒さんはすぐにいつも通りの落ち着きと、雰囲気を取り戻して部屋のドアを開いた。
「や。あんなに言われて来るなんて、流石だね。」
顔を合わせて間も無く、北尾さんは笑顔で嫌味を放つ。恐らく本人に悪気はないんだろう。
「性格悪い奴と組んだとしても、俺は仕事を飛んだりしねーよ。」
笑顔で返す嶺緒さんも嫌味たっぷりで返すと向かい合った2人の間には俺にしか見えない火花が散っているように見えた。
「まーまー、今日から徐々にやっていけばいいじゃないっすか!とりあえず今日は何個か使ってみましょ!触った事ない道具もあると思うし?」
笑顔で2人の間に割って入る。
本当にΩか?と聞きたくなるくらい、嶺緒さんにはそれなりのオーラってもんがあって、北尾さん相手に圧まで加わるとこの人達2人の間に入るのは少し恐縮してしまう。
俺の申し訳なさそうな笑顔を見て嶺緒さんはため息と共に北尾さんに対する圧も吐き捨てる。
「何すんのか説明して。俺は少しもそっちのこと分かんないし。」
少し億劫そうにする嶺緒さんが上着をハンガーに掛けるとソファーの背に前屈みに頬杖をつく。
俺は思う。嶺緒さんにちゃんとショーに出てもらう為には下手に出ないといけないと。
でも北尾さんがどういった態度に出るか...。
「まぁ今日はSMもいいもんだって思ってもらいたいし、道具を使って気持ちよくなってもらおうと思ってね。」
北尾さんにしてはやけに優しい。
初心者にいきなり射精管理でもして泣かせんのかと思った俺の予想は外れた。
北尾さんがいくつかおもちゃをテーブルに並べるとそのおもちゃを見た嶺緒さんの顔が引き攣る。
まぁ初めてみるんなら引き攣るんだろうが、SMやってきた俺からすれば、挿入するおもちゃも割と初心者向けに柔らかかったり短かったりと優しいものばかり置いてある事がわかる。
「結構優しいもんばっかっすね。」
俺が口を添えると嶺緒さんが驚いた様に俺を一瞥してまた視線を戻す。
「優しい?これが?」
「長瀬の性器の方が小さかった?」
「あのなぁ...。」
嶺緒さんの質問に煽り返すと苛立った声で嶺緒さんが笑む。
まずいまずい、本当に嶺緒さんの機嫌損ねるのだけ辞めてくれよ...!
そんな俺の願いも虚しく北尾さんの煽り癖は止まることを知らなかった。
「じゃあ入るでしょこれくらい。それともNo. 1でもSMショーは流石に厳しかったかな?」
「俺がいつ出来ねぇつったよ。」
「そう言っている様にしか見えないね。」
「まぁまぁ!!とりあえずやってみましょ?そんで無理だったら無理で言ってくれれば俺らも無理強いはしないんで!」
「そーそー、“無理”なら無理でいいんだよ嶺緒?」
にっこりと優しい笑みを抱えた北尾さんが試す様に片目で嶺緒さんをみる。
フォローしたつもりが当てつけに使われた。
本当にこの人は...。
「無理じゃねーよ。」
「じゃあ僕が優しくヤってあげる。いいね?」
釣れたという様にすかさず北尾さんが買って出る。俺と嶺緒さんを見て、異論はないかと目で聞く。
俺はこういう時、サドという立場は降りて嶺緒さんのメンタルのサポートに徹する。
そういう役だと決められている。
「嶺緒さん、」本当に相手が北尾さんで大丈夫ですかと、言葉を続ける前に嶺緒さんは「それでいい。」と話を続けた。
まんまと嶺緒さんは拒否する口実を失ってしまった。
嶺緒さんは意地っ張りで、子供っぽい部分がある。それをうまく手球に取られた気がした。
「じゃあ準備しようか。」
嬉しそうに首を傾げると、いよいよ実践が始まった。
これから続く実践約1ヶ月が、嶺緒さんをあそこまで壊す事になるとは俺もこの時は想像していなかった。
——
「ッあ、...ぅ、」
広いベットの上で仰向けに寝た嶺緒さんの鈴口につぷと潤滑油を絡ませた尿道プラグを差し込むと、小さく声を上げると手の甲で顔を隠す。
力の入った筋肉がぎゅっと引き締まって緩む。
俺は嶺緒さんの顔の横に座って嶺緒さんの力の入る嶺緒さんの手を握って眺めるだけ。
赤く火照った嶺緒さんが可愛らしくて、北尾さんが羨ましいくらいだ。
「嶺緒さん大丈夫そうですか?」
顔を覗き込む俺と目が合うと、手の甲で目まで隠し、大丈夫と声を押し殺しながら吐息を漏らした。
「嶺緒、痛い?」
「痛くは、な、っぁ、」
ゆっくり入っていくプラグに声を詰まらせる。
まだ奥まで入ってない。
尿道プラグは奥まで入ってからがヤバい。
北尾さんはじわじわと差し込んでいく手を止めない。嶺緒さんも、暴れたりして怪我しないようにと、下半身は動かさない様にでも力は篭ったまま眉をよせていた。
何度も唾を飲んで、胸を打ちつける心臓が、尚更俺を滾らせた。
案外楽じゃないな、ただ見てるだけってのも。
差し込んだプラグを引き抜き始めると、嶺緒さんは顔から退けた手で俺の腕を掴む。
「っもれる、いやだ...」
先程の威勢が嘘の様に、切なく寄せた眉で俺をみる。
「大丈夫っすよ、そう感じるだけっすから、もうちょっと我慢したらもっと良くなりますから。」
初めての感覚に戸惑う嶺緒さんの顔を撫でると、汗をかいてしまいそうなほど暑くなった肌がジリジリと俺の手を焦がしそうだった。
「石黒くん、キスでもしてあげなよ。力が入っては良くないからね。」
もう我慢できないんだろと言われている様な気がした。
俺だけお預け食らってるんだ、見透かされた事へのモヤモヤなんて感じている暇はない。
ごくりと喉を鳴らして、頬に触れた手でもう一度撫でると、潤んだ様に光る嶺緒さんの大きな目が静かに閉じた。
キスをしても良いという合図を受けて、俺は焦らない様に飲んだ息を止めて唇を重ねた。
「ふ、ン...」
唇を重ねただけでもピクリと動く嶺緒さんの眉が、舌を入れることで緩んでいく。
「っぅ、れおさ....」
熱したように熱い舌が絡んで、熱を分けてこっちまでくらくらしそうだ。
「あ、はぁ...、んあ、」
上顎を舌でなぞると、足の先まで敏感になっている嶺緒さんの声が漏れ、ゆっくり開いた目はいくあてを無くして揺れていた。
余裕をなくしていく嶺緒さんが手に力を込める。
相変わらず北尾さんがゆっくりとプラグを上下させている事で、せっかくキスでほぐした体がまた硬ろうとしていた。
「嶺緒さん、力抜いて、しんどいっしょ?」
時折顔に唇を落としながら宥める。
「っやだ、北尾に...主導権を握られたくない...。」
「嶺緒、我慢してちゃ身体に良くないよ。漏らしそうなんでしょ、出しちゃいなよ。」
北尾さんが俯いていて落ちた髪を耳にかけると怪しく笑っている表情が見える。
嶺緒さんは相変わらず首をよこにふって拒否の言葉を繰り返す。
「全く...、聞き分けのない子供みたいだね。」
嶺緒さんをチラリと見上げてまた目を伏せる北尾さんの視線は何処か呆れた様に冷たい目をしている様で、そのまま刺さったプラグを今までよりも深く挿れていった。
「っひ、あ、ぁ、いや…も、奥は...っ!」
下唇を噛んで耐える嶺緒さんの力がギリギリと俺の腕を締め上げる。
つま先がぎゅっと丸まって、銀色の棒が刺さったモノがぴくりと跳ねる。
「嶺緒さん...あんた可愛すぎ。」
堪んなくなって嶺緒さんの顔に頬を寄せる。キスは、嶺緒さんの色っぽい声を聞くために堪えた。
「あ...ァ...いや、」
「嶺緒、“嫌”は煽りだって言ったろ?」
優しく熱っぽい声で北尾さんが囁くと、嶺緒さんの表情が不安一色に変わる。
北尾さんはその表情を見なかったのか、嶺緒さんのモノに手をかけると片手の指先で銀色に光る棒をトントンとノックした。
「っ〜〜〜〜!」
声を抑えて荒い息だけを抑えた腕の隙間から漏らし、はぁはぁと胸が上下する。
銀色の棒との隙間から白く濁った液が溢れる様に垂れ落ち、嶺緒さんの瞳の表面にも水がじわじわと溢れているのがわかった。
「初めての感覚にビックリしちゃったね嶺緒。よく頑張った、偉いよ。」
放心して目をぱちくり瞬く嶺緒さんの汗ばんだ髪を優しく撫でると、垂れ落ちそうな涙を指で掬って、誰が見ても“善い人”だと思わせるような落ち着いた声と表情で嶺緒さんを見つめた。
ゆっくりと、プラグを引き抜くと「っぁ、ん」と小さく声を上げて抜けると同時に滲むように残った精液が溢れて、棒からどろりと滴る液を北尾さんは舌で舐め取って嶺緒さんに唇を重ねた。
「んンーッ...!ふ、ぁ、んん゛...!」
北尾さんの胸を押し返して抗おうとするが、手首を押さえられて弱りきった力では抵抗もできずにキスを受け入れる。
舐めたことで、粘りを増した唾液が離れる2人の口を繋いだままぷつりと切れた。
「っはぁ...っはぁ...。」
「どう?初めて尿道でイく感覚。」
大きめのタオルを取り出した北尾さんが嶺緒さんの体を柔らかいタオルで包み込むと、愛おしそうに額を撫でる。
「わけ、分かんねぇ...。」
両腕で顔を覆ったその上から口付けすると北尾さんは腰を上げて全く皺のないシャツの袖から見える細い手だけを洗うと、俺に目配せをして上着を羽織った。
「ま、まだまだこれからだから嶺緒。今日はもう休ませてあげる。また明日、続き期待してるよ。」
相変わらずの笑顔を見せるとひらりと手を振って北尾さんは挨拶もなく帰って行った。
あの目配せは、アフターケアよろしくと言われたと俺は受け止める。
今日は俺なんもしてない。
キスしただけで、サポートも何も。
ただ居るだけだ。
ぼんやりそんなこと考えていると、嶺緒さんの熱い手が俺の手首に触れた。
少し驚いて嶺緒さんを見ると、起こした体を体をしおらしく縮めて、少し赤くなったままの目を伏せて瞬きの度に涙で纏まったまつ毛が揺れた。
「あ...嶺緒さ...
「石黒、なんも聞かないで、少しこのままで居させて。」
俺の肩に頭を預けると、深い呼吸をして白い背中が上下する。
その背中に両腕を回して、抱くと言うには軽い抱擁をした。
しっかりとした体なのになんだか壊れそうな気がして、これ以上この人に近づくのが怖くて、抱き締めることができなかった。
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