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第17話 ライバル
嶺緒が持っていた中容量の抑制剤を飲ませても、
発情は治る事なく突然の発情は嶺緒を苦しめ続けていた。
「うちにある抑制剤じゃ足りないわよ...!Ω専用ダイヤルで救急車呼んで!」
はぁはぁと呼吸を荒らげる嶺緒を見て、町田さんの判断で救急車を呼ぶことになった。
すぐに到着した救急隊員も嶺緒の症状を見て重篤ではなかった為、落ち着いた様子で嶺緒をタンカーで抱え上げた。
「付き添いでどなたか1人お願いします。」
嫌な予感。
一斉にフラれたばかりの僕をスタッフのみんなが見つめる。もちろん、町田さんもチカも。
「じゃぁ、僕が...。」
おずおすと名乗り出る。
そのまま救急車に乗ると何も知らない救急隊員から当時の様子を詳しく聞かれた。
嶺緒は意識を失ったままだが額に汗を滲ませて苦しそうに息をするだけ。
事細かに説明しているとあっという間に病院に着いてしまい、嶺緒は処置室に運ばれた。
まさかヒートでここまで大事になるとは僕も思ってなかったし、嶺緒もきっと目を覚ましたら驚くだろう。
処置の間ロビーで待つこと1時間。
嶺緒の目が覚めたとの事で、そのまま処置室で先生と3人で話を聞くことになった。
処置室に入ると、嶺緒が疲れている表情とはいえすっかり息も治っていつも通りになっていた。
「ごめん、泉...俺意識飛んじゃったみたいで...。」
「いいんだよそんなの!案外元気そうで良かった。」
僕たちの会話が落ち着いた頃合いを見てか、先生が説明を始めた。
「色々調べましたが、今のところ異常なしです。
一時的にΩホルモンが異常な数値を出していましたが、強い抑制剤でだいぶ元に戻っています。
最近何かおかしな点などありませんでしたか?」
先生の問いかけに嶺緒が口を開く。
「あぁ...いままで定期的に来てたヒートが最近不定期に、起きちゃってて...忙しいんで全然病院行けてなかったんですけど...ここ2ヶ月近くで3回くらい...。」
「うーん...そうですか....。
Ωホルモンには基本的一定周期で波がきて、その波がヒートという形で他のホルモンを刺激する事で一時的な興奮状態に陥る形になっています。ホルモンバランスが悪い方は、不定期なヒートに悩まされるのですがそう言った場合ホルモンの波も大抵不安定になるものです。
しかし白川さんの場合検査をしてもホルモンの波に不安定さは見当たらない。にもかかわらず、何かの要因で一時的に発作が度々出ています。迷信として世間では言われている運命の番、あれは最新の研究では遺伝子タイプによって起きているのではないかと言われいまして....、そうあり得ない話でもなくなってきています。
どなたか特定の人に会った時だけ、正常でいられなくなるなど、そう言ったことは今までなかったですか?」
丁寧な説明のあと、うーんと首を捻った嶺緒は「ありません。」と答えた。
僕も嶺緒の最近調子が悪そうなのは知っていた。
でもそれが運命の番のせいなんて考えにくい。
嶺緒の表情に医者も首を捻り、難しそうな顔をするとまた口を開いた。
「そうですか....。一応普通のものより強めのお薬を処方しておきます。これは部分的に使うホルモン抑制剤です。逆に調子のいい時に使ってしまうと無気力になったりする副作用があるので、今日のように自分で制御できないほど強くヒートが出たと感じたらすぐに使ってください。
ただ、今のところ原因がはっきりわかっていないので、、もしまたこう言ったことに悩まされるようでしたら大きな第二性専門科のある病院を紹介します。」
あらかた説明を受け先生に頭を下げると、僕と嶺緒は治療代を払って病院を後にした。
病院は案外近い場所で、タクシーを呼ぼうとも考えたが嶺緒がそれを静止した。
空気が澄んでいて涼しい夜だった。
家の方へ歩き始めてすぐに、嶺緒がポツリと口を開いた。
「ごめん、色々迷惑かけて。」
歩く自身のつま先を見ながら呟く姿が気掛かりでほんの少しだけ嶺緒に身を寄せた。
「大丈夫だよ。すぐ治ったみたいでよかった。」
「…。」
優しく声をかけたつもりだったが、嶺緒は黙ってうつむいたまま数秒静かな時が流れた。
「おまえ、どーするの、デルタ。」
短く切られた言葉が何を意味するのかわからず少し間が空いてしまう。
「どーするのって....
「泉、俺がデルタいるから追っかけるって、言ってたじゃんか。」
嶺緒の言葉で忘れ去られていた記憶が鮮明に回想された。
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あれは2年前。
僕がデルタでボーイを初めて1年ちょっと経った頃。
嶺緒とはデルタで仕事仲間となってからは、高校の時のように仲がいい友人へとまた戻ることができた。
そんなアルバイトの日々はあっという間に過ぎ去り、季節は春が始まりそうで、僕は大学を卒業する年になっていた。
卒業式は父と母、そして「本当に大学卒業できるのか?」って嶺緒が顔を出してくれることになっていた。
母と父は綺麗なスーツで身を揃え、僕は長い話を終え少しシワのよったアカデミックガウンで同じ道を歩んだ友人たちと談笑していた時。
1人の友人が「あの人綺麗...。」と呟いた先に、いつもと何も変わりない嶺緒がこちらに向かって歩いてきていた。
今思えばいつもと変わりない嶺緒。
でも当時の学生終わりたての僕らには無いような色気を持った綺麗な男性が、嶺緒だった。
『彼は僕の友達なんだ!』
子供のようにそう自慢して回りたかったのをグッと心に留めて、飛び出しそうな足に大人になれと言いつけてゆっくりと歩み寄った。
「なんだかんだ久しぶりだね、嶺緒。仕事でもあんまり顔合わせないし。」
「卒業おめでとう、泉。友達は...いいの?」
少し離れた場所で、近寄り難いと言いたそうに見ている友人を横目に嶺緒の腰に手を回すとギョッとこちらを見る嶺緒を連れて友人の輪の中に連れ込んだ。
「こっちは僕の高校の頃の友人の白川嶺緒。」
「はじめまして、嶺緒です。卒業おめでとうございます。」
嶺緒の外行の完璧な笑みに小さく笑っていると、腰に回した手の甲をしっかり抓られた。
「ええ〜?長瀬の友達ー?!にしては綺麗すぎるなぁ?本当に友達か〜?」
「モデルさんか何かですか?」
「長い足...羨ましい〜...」
女子も男子も口々に嶺緒を褒めちぎる。
僕は嶺緒が誇らしくて仕方がなかった。
「うん、まぁ、そんなところかなぁ。」
嶺緒が気恥ずかしそうに返すと、「やっぱり〜!」と女子たちは黄色い声で騒ぎ始める。
いつもの嶺緒ならきっと、惚れさせてしまうような事をするんだろうけど、流石に僕の友人の前では迂闊なことを言えないのか、元々人見知りな嶺緒の困った笑顔を久しぶりに見た気がした。
『どうにかしろ』と言うように、僕にだけわかるような目でじっと見てくる嶺緒に声をかけると、丁度奥に見えた僕の両親を引き合いにその場から離れることにした。
数歩も歩くと、嶺緒は身体の力を抜いて小さくため息をつく。
「はぁ...やっぱり人って苦手かも。」
「次が最後、僕の両親が嶺緒のこと久しぶりに見たいって。もうちょっとだけ付き合ってよ。」
申し訳なさそうアピールに、手のひらを合わせて片目を伏せると「お前の両親には世話になってるから。」と嶺緒は背筋整えた。
両親の顔がはっきり見え始めた頃に僕が手を振ると、振り返す母と父に嶺緒は軽く会釈をした。
「わぁ〜嶺緒くんお久しぶりねぇ?高校の卒業式ぶりだから、4年ぶりくらいかしらぁ?また会えてうれしいわぁ!」
かなりゆっくりとした朗らかな雰囲気の母に嶺緒もいつもより丁寧に挨拶を交わす。
「お母さんもお元気そうで、お父さんもお変わりないですか?」
「うーん!元気だよ!歳は取ったって感じするけどねぇ。」
ははは!と父が快活に笑う。
嶺緒も先程と打って変わって自然な笑みを見せた。
嶺緒とは高校の卒業式ぶりの両親。
隙あらば僕が嶺緒の事を話すもんだから、僕の両親も嶺緒のことは好きだ。
嶺緒と父と母、3人の笑顔。
これから壊すことになるかもしれない。
でも僕が決めた道を僕は3人に告げると決めていた。
「お父さん、お母さん、嶺緒、聞いて欲しいんだ。僕の進路について。」
進路について。きっと普通なら父と母だけでよかった。でも嶺緒を巻き込んだ理由。
僕が答えを言う前に嶺緒は少し勘づいたのかもしれない。
嶺緒がなんとも言えない猜疑心を少し滲ませた表情をしたような気がしたからだ。
「僕さ、今のバイト先に就職するよ。」
その猜疑心の色は色濃く嶺緒の表情に出た。
「なんで、
嶺緒が僕を止めようとした瞬間、母の声がそれを遮った。
「そぉ〜。よかったじゃない!泉がやりたいことなんでしょ?」
「うん。やりたい事なんだよ。」
驚いた目で嶺緒が母を見る。
僕の目の前の両親は、変わらず笑顔のまま嶺緒だけが動転していた。
「どんな...お仕事かご存じなんですか...。」
嶺緒が振り絞るように声を出す。
それを聞くのも嶺緒にとってはどんな回答が返ってくるか不安だったのかもしれない。
表情を崩さないように、嶺緒は2人を見ていた。
「知ってるとも。世間からどう見えようと関係ない。今まで反抗の一つもしなかった泉がやりたいって言うんだ。僕はそれでいいと思う。」
「嶺緒くん頑張ってるのしってるのよぉ?誇りだっていつも泉が言うの。そんな嶺緒くんと同じお仕事をしたいって、憧れてるからそう思うんじゃないのかしら?」
お父さんとお母さんの言葉に嶺緒が驚いたように表情を固めた。
「もう、契約書もほら、書いちゃったんだ。昨日のうちに町田さんとは話を済ませてある。
僕、追っかけたいんだよ。嶺緒のこと。嶺緒がいるから僕もその道を歩きたいんだよ。」
町田さんの名前と僕の名前がついた契約書を取り出す。
呆気に取られたまま僕の契約書を手に取ると嶺緒は目を通した。
本当に契約を交わしていることを理解すると、嶺緒は仕方がなさそうのため息をついた。
「おまえ、俺の後輩だからな。」とわざとらしく悪態をつくと僕に契約書を戻した。
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「そうだったね....思い返すと恥ずかしいね。」
僕が照れ笑いを浮かべていると嶺緒が肘で僕の脇腹を小突いた。
「恥ずかしいね、じゃねーよ。もう追っかける理由もないじゃん。」
嶺緒が何考えてるんだかわかる。
きっと俺のせいでって思ってるんだろう。
嶺緒の悪い癖であり、優しくていいところでもある。
「あるよっ!僕まだナンバーワンなってないからさぁ、ナンバーワンにならないと!」
いつも通りにっこり微笑むと、嶺緒もふと小さく笑った。
「俺がいる間は無理だな。」
「これからはペアじゃなくてライバルだと思ってもらわないとね。」
2人で声を漏らして笑った。
こうやって友人のように話すのは久しぶりの事だった。2人で歩き、まるで高校生の頃に戻ったようだった。
恋人として嶺緒と一緒にいることは叶わなかったけど、こうしている時間が1番楽しく感じた。
僕らは家までふざけ合って帰った。
ここ最近で1番幸せな時間だった。
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