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第18話 鎖
結局、俺はぶっ倒れたことでショーの練習期間のうち7日間を休暇として休むことになった。
休んでいる間はヒートも起こらず、穏やかで、何も変わり映えのないいつもの休日となった。
違う事が何かあるとすれば、ヒートで奏と会う約束をすっぽかしてから、あれ以来一切の連絡がないという事。
『体調悪くて、病院行ってた。ごめんね。また今度時間作らせて。』
『僕もその日調子悪かったのでちょうど良かったです。気にしないで。』
このやり取りから先何も連絡がない。
自分から何か送っていいのか、それとも待ったほうがいいのか、向こうも待ってるのか、もう連絡してくんなって事か、恋愛未経験の俺にはさっぱりわからなかった。
ショーまで残りの数日。
休憩ついでに多めに休みが挟まれていることもあって、もう数えれる程度しか3人での練習日はないだろう。
俺のショーは誰が相手でも成功する。
とはいえ相手を知らなければ、良いものにはならない。
いまだにあの2人と、互いを知りあっているとはいえない距離感に少しため息がでる。
「でも近づこうにも...」
1人部屋で呟くと、広くて何もない部屋は小い声さえも響かせる。
はぁ、とため息を吐くと色々な人間の顔が頭に浮かんだ。
課題も問題も山積み。
明日は7日ぶりの復帰でショーの練習だが、気が重い。
唯一救いなのは泉が前向きでいてくれてる所だ。
少しだけ罪悪感を薄める事ができる。
空になったコップを持ってキッチンへと移る時に映った鏡の中の俺は、Δのトップスター白石嶺緒なんかじゃなく、ただの悩めるΩにしか見えない。
止まった足を、鏡をじっくり見てしまわないように進める。
トップスター白石嶺緒でいる時はは、自分を偽ってまるで人間みんなが好きかのように振る舞って、虜にして、そう作り上げてきたのに今の俺ときたらあの頃の力ないΩに逆戻りだ。
暴力じゃ何も解決しないとわかって、自分のプライドを投げ打って手にした人気という力も影も形もない。ただ子供のように恋して、本当の自分を見せても大丈夫だなんて勘違いして、友達を振って俺も振られて。結局自分の手元には何も残らないんじゃないかって、自分を責めそうになる。
明日からまたトップスターに戻らなければいけないのに。
「休み過ぎちゃったなぁ。」
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「お疲れっす〜!嶺緒さん心配しましたよ!案外大丈夫そーでよかったっす。」
白く太陽で光って見える犬歯を覗かせるのは石黒だ。
懐いた猫のようにすすっと寄ってくると身を寄せてくる。
「心配無用だよ。病気でぶっ倒れたわけじゃないんだし、いい休暇になった程度。」
冗談めかしく返すと、石黒はにこにこと目を線にして軽く足を弾ませる。
「そすかそすか〜!俺は何より嶺緒さんが今日の練習に出てきてくれだけでうれしぃっすよ!」
俺の事を慕ってくれているのがわかる。
それだけでも仕事に出た甲斐があるってものだ。
枯れていた井戸に少しずつ水が戻ってくるような感覚。
仕事への意欲がゆっくりだが戻ってくる感覚があった。
「んで、今日は何するの?」
「きょっ、今日はっすね....ちょっと難しいお願いをしたいなって...難しいっていうか〜なんていうか...。」
露骨に動揺する石黒が弾ませた足をぴたりと止めると、俺の歩みに遅れを取らないように足早に横へと並ぶ。
「難しい...?」
言葉の意図を汲み取ろうと石黒を見つめると、丸っと見開いた目がキョロキョロと俺の目線から逃げようとする。
「いやっ、前回めっちゃ良かったんすよ、俺たちプロでも魅せられたっていうか〜...。でもそれをもっとこう...エロく?するには...って話で...。」
「ふぅん。それで?」
眉を持ち上げると、壁に追い込まれた猫のように石黒が困窮しきっていると、肩に馴れ馴れしくずっしりとした重みが覆い被さる。
「まぁまぁ、石黒くんいじめるのもその辺にしときなよ、嶺緒。」
わざとらしく耳に息が掛かる距離で俺の名前を呼ぶ。見る前に誰だか判断がつくと目を回したくなる気持ちだ。
「要はまず形から入ろうってわけさ。衣装の話、嶺緒にはまだしてなかったね。本当は先週1週間である程度当たりをつけとく予定だったけど、僕らの方で大体の注文はしといた。今日は試着から...って事。」
「まぁその衣装がちょっと....刺激的かなぁと心配でして...。」
似合わない敬語で北尾のフォローをすると、いつものプレイルームではなく休憩室に通された。
休憩室の中にはデザイナーやらスタッフやらが数人既に準備をしており、軽い挨拶を交わすと北尾も石黒も上着をするりと地面に落とす。
「今から衣装合わせだよ。サイズ感とか色々、体に直につけるものだから、細かく注文しといたほうがいい。擦れたりずれたりなんてしやすいからね。」
下着一枚残すと、ガチャガチャと服とは思えない金属音にぎょっとすると北尾や石黒の足元に置かれたおよそ衣装とは呼べないようなベルトの束を見つめる。
ベルトに金属パーツのついただけのものがジャラジャラと袋から取り出されていく。
勿論自分を担当するスタッフの衣装バックからもだ。
「これ、服って言えるの?」
「いつも切れ端みたいに短い服着てるんだからそうかわんないでしょ?」
何か言いたげな俺を見てか、北尾が準備していたかのように素早く言葉を返す。
確かに俺はいつも露出度の高い服を着てるし、生地だってめちゃめちゃ短いけど...!
「これはもう服ってよりベルトじゃないか。」
掴み上げた俺用の衣装は、どこからどの四肢を通すのかわからないようなただの繋ぎ合わせのベルトだけが宙へとさらされる。
「足元、ほらあるじゃん、君のパンツ。」
着替えながら顎で指し示された先には、パンツとは言い難い黒い皮の短いショートパンツがヒラリと一枚転がっていた。
ショートパンツを開いた手で持ち上げると、勿論このパンツにもベルトと繋がって硬い皮のニーソックスがついている。
「足ばっかり隠れて、上半身どこも隠れないよ。」
「良いじゃないか、顔が出てるだけ。僕は狐風の口輪付きだよ。キャストだっていうのに顔も見えないんだから。」
ぼやく俺の横でしっかり皮のマスクをつけた北尾が鬱陶しそうに後頭部のボタンに手をかけマスクを外す。
「北尾さんはΩ相手のショーなんで仕方ないっすよ!俺は猫ちゃんっす!家で猫飼ってるんで俺は結構うれしいっすけどね!」
石黒も猫のようなマスクにお似合いの猫目でにこっと笑うとパッと両掌を広げて嬉しそうに顔を捻って見せる。
「似合ってるよ、ほんとに猫みたいだ。」
「嶺緒さんに褒められると光栄っす!俺ずっとこれでいようかなぁ〜!」
わかりやすく調子に乗った石黒が弾むように喜びながらかちゃかちゃと手際よく衣装を身に纏っていく。
石黒と北尾は胸元が隠れ、足元北尾は全部、石黒はショートパンツにブーツを履いていた。
俺はヒール付きのブーツにハイソックス、なーんにもかくれないハーネスに、おっきな金属の輪っかのついた首輪だ。ついでに手首も足首にもどっかに縛りつけられるのが容易に想像できる革の枷がしっかりセットになっている。
全部を身につけるも、案外着心地は悪くなく、さすがΔ専属のデザイナーといった感じだ。
ただやはり、この枷達がどう使われるのかだけが正直想像したくないものだった。
石黒も北尾も上から下までしっかり着こなすと、衣装に問題はないと告げていた。
「さて、衣装がうまく着れたところで、次は軽い台本チェックしますか。」
とくにセリフなどがないシチュエーションだけの台本の場合こんなふうに本番2週間前なんかに渡されるのはざらだ。
今回のストーリーは、買われた奴隷(俺)と躾役の2人(北尾と石黒)だ。
主人に買われてる3人、だけどあまりにも美しい俺を見て躾役が嫉妬するという話だ。
主人はそんな愛憎の様さえも楽しんでいる...。
そんな話。
主人役はあくまで陰だけしか出てこないらしい。
ただじっと眺めているだけ。
観客もまた主人と同じ目線で楽しめるようにステージ配置やライティングなどに拘っているらしい。
俺も2人も最初にチラッとセリフがあって、残りは全部音楽と動きだけ。
あとは曲に合わせていつも通りヤるだけ....いつもどおり...とはいかないか。
「ステージ、準備できてます。」
スタッフからの声でみんなが腰を上げる。
声が反響するほど長くて広い廊下の先にステージへの扉がある。
分厚い扉一枚をくぐると、薄暗い舞台裏から俺たちは高校と輝く舞台上に立った。
台本片手に大体の位置のygc確認を取る。
ステージ後方にはどでかい鳥籠が置かれる予定で、俺はその中に入っている設定らしい。
ステージの上に何個もテープで立ち位置が印されている。
裏では何度も音楽が試しに流されているのが聞こえる。
スタッフと立ち位置や演技のことを話している2人を見ると、やはりプロなんだなと再認識させられた。
石黒も笑顔は絶やさないまま、しっかり演出の意図を聞き取っている。
北尾も然りだ。
自分だけがこのショーにしっかりと臨めていない気がした。
ゆっくり息を吐くと、小さく「よし」と声を出して気合を入れる。
見つめていた俺にちょうど気づいたのか、石黒が手を挙げて俺を呼んだ。
「嶺緒さーん!ちょっと!」
少々足早に2人に寄ると、スタッフの1人が台本片手に話を始めた。
「すみません、嶺緒さん。
ストーリーの流れとして、嶺緒さんの手足に鎖が繋がってる設定になってるのですが、長さの確認したいので、今日試しに繋いで見てもらっても良いですかね?」
「あぁ、全然大丈夫だよ。今から?」
「今からでよければ、準備いいですか?」
「うん。お願いするよ。」
スタッフはぺこと頭を下げると、足早に場を離れて他のスタッフに指示を出し舞台裏からじゃらじゃらと金属音が聞こえ始める。
「んじゃぁ、俺たちは一旦台本通り進めてみますか!もちろんカンニングありで。」
金属音に被せるように石黒が口を開くと、俺と北尾の目を見る。
「そうだね、セリフも台本見ながらちょっとやってみようか。」
北尾も同意し、俺も首を縦に振った。
早速スタッフが舞台裏から長く細い鎖を引きずって現れると、2人がかりで順序よく俺の手足に装着する。
その様子を、珍しいものを見た猫のように目をまんまるにさせた石黒がじぃっとこちらをみていた。
「なに?なんか変?」
「いやっ!こういう格好の嶺緒さん初めてみたなぁと思って...!」
まじまじと上から下まで見るとぐっと親指を立ててにかっと白い歯を見せた。
「それ、褒めてる?」
「褒めてます褒めてます!!そりゃもうお似合いで、どーしよーって感じっすね!」
はははと笑い声を語尾に混ぜると、そうだったと思い出すように台本に食べられそうなくらい凝視した。
「嶺緒さんすみません、一応長さは大丈夫そうなんですが、籠の上部に両腕が引っかかってるみたいにするシーンのために一旦機械で引っ張っちゃっても大丈夫ですか?
足が地面から離れちゃうと危ないのでこちらで加減しながら引いていきますんで。」
「お願いします。」
順序よく返事をすると、鎖が繋がった仮設の檻の上部からじゃりじゃりと鎖が巻き取られて行く。
徐々に足元にとぐろになった鎖たちが吸い込まれ両腕が自然と持ち上げられる。
ピッタリ地面に足がついた状態で苦ではないところで鎖はしっかり止まった。
外から見れば俺は吊り下げられているに等しいだろう。
スタッフの合図で軽く腕を振ったり少しだけ体重をかけてみたりしたが一才その場から緩まる気配はなく、俺は両手を上げたまま完全に動けない形になった。
ヒールを脱いだらきっと爪先立ちでなければぶら下がってしまうだろう。
ただこうしてテストでやっているだけでも少々の不安があるのに、本当のプレイの時はどうなるんだろうと考えると少しゾッとした。
「じゃあ次膝立ちできる程度に緩めるので、いいタイミングで座ってください。」
鎖が緩められると上げていた両手が鎖の重さでどんどん億劫になってくる。
鎖の弛みから逃げるようにゆっくりと腰を下ろすと、またぴたりと鎖は止まり、最後にはまた同じように自分の足元に緩まった鎖がじゃらじゃらと塊となった。
「おっけいです!本番はここに大きな鉄籠が来て、中に入ってもらう形になるのでよろしくお願いします。今日は定休日で、明日の朝、一旦仮設ステージは撤収しますんで、今日は自由にステージ使ってください。鎖は自由に動かせるようにスタッフ残りますんで手を挙げて北尾さんから合図の方お願いします。」
スタッフはぺこりと頭をさげると、他のスタッフ達に声をかけ、ステージ周りのスタッフは休憩なのかぞろぞろと現場から離れて行った。
「さ、僕たち3人になったけど、台本は目を通した?」
「ざっくり流れくらいは〜!」
「俺も流れだけ、鎖の調整とかであんまり見れてないけど。」
「とりあえず試しにさっと流してみよう。配置について幕が上がる状態のとこから。」
北尾が仕切ると、台本ありきの練習が始まった。
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