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第19話 小さな檻

「ご主人様の言ってた子はこの子?白くて全然美しくない。」 紐のような皮が何重にも重なった鞭を右肩に乗せると、残念そうにため息を吐く。 左手に台本を持った北尾が軽く本に目を落としながら、いつもと違う話口調でセリフを放つ。 様になっている、というのが正しい表現だろう。 「でもご主人様のお気に入りですから、躾と言っても鞭はまずいんじゃ...」 一歩二本と腰を低くして近寄る石黒に、あわやぶつかってしまうギリギリのところまで鞭を振った。 「うるさいね。まだお前はご主人様をわかってない。ご主人様は躾けられて快楽に堕ちまいと、悶え、痛みに耐えるこの子が見たいんだよ。ご主人様にもっとこの子が気に入られるのは納得いかないけど、この子虐めたい気持ちは一致してる。さあ、遊んであげるから出てきなさい。」 石黒に詰め寄ると、今度は貼り付けたような笑みで俺を見る。 口元が隠れていても目だけで北尾がどんな表情なのか読み取れる。 決して喜びではない、貼り付けた笑みにこいつの演技力の凄さを垣間見た。 俺はここでは檻から出ない。 疑って檻の中で身を縮めて警戒した目で相手を見る。 すると近づいてきた北尾が首輪についた大きな金属の輪っかを愛でるように指で撫でると強い力でグッと引き寄せる。 「っ!」 突然の力に首がしなり、寄せられた北尾の顔にぶつかりそうになった。 驚いた表情を出さないようにと、無理をするがぎこちない表情になった俺の頬を北尾が撫でる。 「お願いしてるんじゃない、命令してるんだ。」 低く威圧的な声と共に持っていた鞭が俺の体に降りかかる。 「...あっ!!」 パチンと痛みと伴わない派手な音に、驚き声が漏れる。 声を聞いた2人が小さな声で笑うと嬉しそうに弧を描いた三日月の目が並ぶ。 「可愛い声出しちゃって、そうやってご主人様を誑かしたんじゃないんですかぁ?」 ニヤついた口から発せられる皮肉たっぷりの声は傍観する石黒から聞こえてくる。 「俺はこんな所には仕えない!さっさとこの鎖を離せ!」 俺が威勢よく吠えると、石黒と北尾はふと互いに見つめ合い、北尾が手を挙げると派手な金属音を鳴らして俺の腕は強制的に天井へと引き上げられた。 ぎりぎりで届く足、釣り上げられた腕。 手も足も出ないとはこの事だ。 この状況を脱しようと両手を動かすが、金属が擦れる音がするだけで、腕はびくともしない。 「仕えない、じゃなくて、仕えるしかないんすよ。自分の羞恥を晒しながら、主人のサディスティックを満たすためだけに、マゾヒストになるんだよ。」 俺の眼前で告げるように言葉を発すると、この言葉を最後に台本は終わる。 ここからは3人ともアドリブだ。 ただ俺は喘いで、泣いて、2人は俺らを虐めて、これからも俺はマゾヒストとして主人を楽しませるために生きていく、という形で終結し幕は閉じる。 この後の観客の反応次第で、第二弾としてまたご主人様(観客)を喜ばせるために2人の遊びに新入りを付き合わせる、という流れになるらしい。 「続きはプレイルームでやろうか、嶺緒。」 マスクを外した北尾が囁くと、怪しい笑みが何にも阻まれる事なくはっきりと見える。 これはセリフなんかじゃない。 「じゃーこれ外してくんない?」 ピンと貼ったままの手首をジャラジャラと動かしてアピールすると、北尾のあげた手を合図にゆっくりと鎖が降りてくる。 演技は終わりというように、北尾も石黒もため息を吐いた。 演技ってのは案外体力を使う。 北尾がスタッフと話すと、俺の枷に繋がった鎖がスタッフにより次々と外されていく。 感じていたずっしりとした重みは消えて、枷がついているにも関わらず自由になった気持ちになった。 手枷を外そうと手をかけていると突然北尾の手が俺の腕を抑える。 「これから使うんだから、まだ外せないよ。」 親切心と言うように見せる優しい笑みが弄んでいるように感じる。 返事もせず手枷を見つめると自然と出たため息を後に、プレイルームへと足を運んだ。  ̄ ̄ ̄ 美しい彫りで格子状のベット上部に繋がれた鎖に俺の手枷が繋がっている。 部屋はやけに静かで、鎖の音が嫌に耳につく。 また始まると思うとやけに体に力が入って緊張し始める。 「今日言ってた難しいお願い....どう言うことかもうすぐわかるとおもうっすから。」 北尾が背を向けてる間に耳打ちする石黒が、北尾からの指示通りに俺の目にアイマスクをかける。  真っ暗になった世界では物音一つでさえも小さな恐怖になる。 金属の音や、重たい物を置く音が遠くから聞こえる。 少し間をおいて腹に指先が触れると、身構えた体はぴくりと跳ねた。 ゆっくりとへそから下腹部へ降りていく手は、下腹部で素肌を包む短いパンツのボタンを外すとゆっくりと足先へと降ろしていく。 まばらになる息の音が自分の耳に戻ってきて、自分自身が今緊張していることを知らされる。 ブーツを脱がされて顕になった足枷を抜けてパンツが何処かへ持っていかれると、ハーネス以外は全てさらけ出し、羞恥でも力が入りそうになる。 また俺を翻弄する指が足先から下腹部へ帰ってくると、次はゆっくりと陰部に手をかけられ冷たく重い感触が俺の淫部を纏う。 「っな、なにしてんだよ...?」 単純に出た疑問を口にすると、手は胸元へと滑りながら突然耳元で囁かれた声に神経が過敏になる。 「貞操帯、知ってる?我慢出来たらもっと気持ちよくなれるんだよ。」 こどもに言い聞かせるように柔らかい声で答えると今度は手を内腿から下腹部へ沿わせて撫でる。 「っう、んなもん、いらな、ぃ」 「要るんだよ。もっと嶺緒が色っぽくて官能的になるには必要なんだよ。」 プラスチックの蓋が開くような音と共にぬるりとした感触がお尻に触れる。 俺のよく知っている感覚。ショーの前によくやるマッサージだ。 ものを入れやすくする為に穴をゆっくりと広げていく。 「は、あっ....。」 身を捩りたくなる甘い快感と共に自身のものは小さな檻に閉じ込められたように窮屈で、勃つ事さえもできず抜けきらない甘い快感だけがじわじわと下腹部に残る。 体をグッと押されうつ伏せになるよう指示されると、何も見えず腕は繋がれたままうつ伏せになる。 パチンと音が鳴り驚きで浮かせた腰をそのまま引き上げられると、四つん這いになった俺の穴にぬるりと冷たいものが挿入されていく。 「っあ、」 声が漏れると間もなく無機質な棒が俺のケツ目掛けて放たれ、パシンと大きな痛みと共に大く腰が揺れた。 揺れた腰と共に動くふわふわとした感触が腿に触れて、自分に尻尾が生やされたことが容易に想像できた。 ゆっくりとしたペースで何度もお尻を叩かれ、いつくるかわからない痛みに何度も尾が揺れる。 痛みに慣れてるからか、鈍感なのか大きな音が鳴っても息が上がるだけで痛みは我慢ができた。 「はは、凄いね嶺緒は。才能があるとしか思えないよ。まだ根をあげないなんて。」 言葉尻を追うように振り下ろされた鞭がまた大きく音を立てる。 「いっ....、」 先ほどよりも強い痛みに流石に声が出る。 レッド、イエローなんてセーフワード、頭に浮かびもしなかった。 今まで耐えてきた辛いことを思い返せば、楽だと思えた。 痛みに対して今まで湧いてきた怒りは微塵も出ず、仕方がないと何故だか痛みを受け入れた。 「どこまで耐えれる?嶺緒、今まで僕をこんなに楽しませたのは君だけだよ。」 嬉々とした声が北尾の感情を表していた。 パシンとまた振り下ろされた痛みは紛れもなく痛く、また小さく声が出る。 ヒュッと風を切る音が聞こえる。 振りかざしたムチが風を切って音を立てている。 今まで以上の痛みが来ると覚悟した。 だがその痛みは俺に届くことなく、石黒の聞き馴染みのない落ち着いた声が部屋に小さく響いた。 「北尾さん、そこまでだ。あんたやりすぎだ。跡が残っちまう。」 石黒が北尾の手を止めたのか、2人が話す声と共に少しホッとしてベットにへたり込んだ。 「危ない危ない...あまりにも気分が良くて、加減を忘れていたよ。お客様に見せるのに傷ができていてはいけないね。」 声と共に叩かれた箇所が優しく撫でられる。 「俺が何の為にここに居るか分かってますね?」 「ああ、分かってるよ。ちゃーんとセイフティとして機能して良かった。助かるよ。」 悪びれた様子のないその言葉の羅列に石黒のため息が聞こえる。 「加減してください。嶺緒さんは色々と慣れてるかもしれないけど、こう言う嗜好は初めてなんすよ。」 「分かってるよ。嶺緒悪かったね、この後は僕じゃなくて石黒君だから安心して。」 「すみません嶺緒さん、もっと早く止めるべきだった。痛みます?」 北尾の触れる愛でるような手つきとは違い、不器用ながら優しい手で違いを感じた気がした。 「大丈夫、俺もセーフワード言わなかったし...。」 荒んだ息を落ち着かせながら膝で腰を立たせると、ゆっくりと撫でるて手は下腹部へ滑り込み体を揉むように撫でていく。 「次は気持ちよくするんで....。」 ベットが沈み込むと、俺の背後に膝立ちで立つ石黒が手を頸から首、方へと這わせて甘い快感を伝える。 胸元で突起を弾かれて漏れそうな声を息で抑えると手はまたじわじわと快感を集めていく。 「ショーのためなんで、ちょっと荒々しくなるけど許してください。」 小さく許しを乞うと、優しい手つきと別人のような男の力で頭をベットに押さえ込まれお尻だけ突き出すような姿勢にされた。 「んう!」 ベットに埋まった勢いでつい声を漏らす。 丁寧に尻尾のついたプラグを抜くと、先ほど触れられた快感でひくひくと穴が物欲しそうに動いた。 それに応えるように石黒の先がゆっくりと入ってくるかと思うと、勢いよく奥まで突き上げる。 「っか、は、」 胸から息が抜けて驚きで腰がしなる。 派手に何度も打ちつける腰が、ぱんぱんと大きな音を立ててぶつかり合う。 奥まで突き上げるような快感は俺に声を出させるが決して快楽として絶頂へは近づけさせない。 「っあ、あっ、ん、んっあ、はぁっ!」 息が切れそうなほど激しいセックスに石黒の荒い息も一緒に聞こえ、抑えられ弧を描いた背にジワリと浮き出る汗が石黒の額から垂れた汗と混ざって流れる。 何度も打ち付けられているのに、快感に変わらないもどかしさで何故か涙が溜まって声だけがただただ大きく響いた。 イキたいのに、イケない。 小さな檻に収まったものがどうにか出ようと圧迫されイク直前に締め付けられイケないような感覚がただただずっと続いた。 「イけな、い...。や、だ、いかせてっ。」 恥も忍んで懇願しても打ち付けられた腰は止まることなく、石黒の絶頂までひたすら地獄が続くだけだった。 耐えかねたモノからじわじわと透明な液だけが垂れて射精とは言えない我慢の結果だけがベットのシミとなる。 「嶺緒さん、出しますよ...。」 息をまだらに動きを止めない石黒が俺の後ろ髪を掴むと、イクのと同時に引かれて喉がのけ反った。 「っ──!」 ガクガクと震えてモノが引き抜かれると、突き上げたお尻からどろりと生暖かい白い液が垂れ落ちる。 疲れも落ち着く間もなく、石黒が急いで俺のアイマスクをめくりあげると、手枷も手早く外す。 心配だったのかぐったりとベットに倒れ込む俺の顔を包むように抱き起こすと眉をハの字に覗き込んだ。 「大丈夫すか?!キツかったすか!?すみません、案外加減ができてなくて...!」 「っ大丈夫、大丈夫だよ。」 荒んだ息で言葉が詰まる。 心配させまいとするが、潤んだ目が気になるようで石黒は相変わらず心配そうな表情のままだ。 ヤってた時とは打って変わって子犬のように心配する様に“大丈夫じゃない”とは誰も言えないだろう。 ついつい許してしまう憎めなさがある。 涙を拭き取ると疲れ切った体を起こす。 手際よく体を包めるほどのタオルを石黒が渡すと、俺は肩から羽織った。 下を見ると、自分のモノが金属の檻に囲まれて窮屈に縛られている。 貞操帯の空いた先から垂れた液がぽたぽたと垂れ落ちていた。 「これ、外して。」 当然外してもらえるものだと思っていた。 「それは....。」 渋る石黒に合わせるように北尾が「それは外せないよ。」と言葉を切った。 「え、つけっぱなしってこと?」 「本来貞操帯は射精管理する為につけとくものだよ。洗ったりはそのままできるから安心して。」 にっこり糸目で返す北尾だが、全然安心もできないし不安しかない。 「そこに関しては俺も付けといた方が、、本番良くなると思います。本番では途中で外す予定なんすけど、やっぱ長い期間我慢してる方が効果はでかいんで....。」 石黒からも勧められると断りづらい。 「うん....とりあえずやってみるよ。」 コイツと数日間付き合っていくのかと思うと気が遠くなりそうだ。 それこそまた発作が起きたら...何もさわれずもどかしいまま発作をやり過ごすかと思うと不安になる。 「鍵は僕が持ってるからさ、何かあったら連絡してよ。」 小さな鍵をチラリと見せると、楽しそうな笑顔を見せる。 そそくさと着替えると、「いいもの見れたよ。」とだけ残して北尾は部屋を後にした。 部屋に残された石黒と顔を見合わせる。 「俺、今日送りますよ。ついでにシャワーでも浴びますか。」 変わりない屈託のない笑顔に、ホッとする。 「ん、そうしよう。」 返事を返すと腰を上げて2人でシャワーを浴びた。

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