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第17話
「檸檬。」
「ん?」
「僕の昔の話、聞いてくれる…?」
俺の腕の中で、零はそう言った。
今まで一度も口にしなかった過去の話。
まさか零から話してくるとは思いもしなかった。
「勿論。聞くよ。」
「檸檬、僕のこと嫌いになっちゃうかもしれないけど…。」
「ならねぇよ。」
どうして突然話す気になったのかは分からない。
でもこの機会を逃したら、絶対にもう零の過去は知ることができないと、何故かそんな気がした。
「僕ね…………、親から虐待されてた……。」
「中学生になってから、お父さんに……、性的な目で見られてた。………それで、お母さんがいない日に、襲われた………。」
「………怖くて…っ、…でも誰にも…言えなくて……」
「どんどんエスカレートして……、……ぅっ…」
少しずつ言葉を紡ぐ零は、とても苦しそうな顔をした。
嗚咽しながら、それでも必死に話そうとする。
俺は止めようとしたが、零が頑張ろうとしている気持ちを汲み取って、背中をさすってやりながら話を聞いた。
「…犯されて……っ、それで、お母さんが…帰ってきて……」
「おっ…、お母さんが…っ、お父さんのこと刺してっ…、それで……」
「きゅ…きゅしゃで……、真っ赤で…真っ黒で…ぁ……」
「零、落ち着いて。大丈夫。」
零の様子がおかしくて、さすがにストップをかけた。
零は過呼吸になって、俺に縋り付いて必死に息をする。
大丈夫だと優しくゆっくり耳元で囁くと、少しずつ零は息の仕方を思い出した。
「無理しなくていい。思い出さなくていいよ、零。」
「最後まで……話す……。」
零は意外と頑固なのかもしれない。
聞いているだけでこんなにも辛い話、俺なら絶対に思い出したくなんかない。
なのに、零は話を続けた。
「……お母さん、精神病院に入院して……、お父さんと二人きりになった………。」
「……しばらくは、何もしてこなかったけど…、高校になって……、また始まって………」
「………もう耐えきれなくて………、高二の春に家を出た……っ」
零は忘れたいほど嫌なはずの思い出を、全部俺に話した。
なんて辛い人生だったんだろう。
実の父親に犯され、母親は冷静さを欠いて子の目の前で父を刺し、挙げ句の果てに強姦してきた父親と二人で暮らすことになるなんて。
出会った時、零は高校卒業と同時に家を出たと言っていたが、そのもっと前から家を飛び出したんだ。
「檸檬、僕、汚いんだ…。」
「そんなことねぇよ。」
「お父さんだけじゃない…。色んな人に触れられた…っ。ごめん、檸檬。ごめんなさい…。」
地獄のような家庭から命辛々逃げ出したのに、お金もなく住む家もなく、仕方なく売春行為に手を染めたのだろう。
誰に零を責める権利がある?
一人でこんなにも頑張ってきたこいつを、誰が責めようと思う?
「頑張ったな、零…。」
「うっ……、グスッ……、檸檬……っ」
「これからは俺がいるから。大丈夫。」
零は疲れ果てるまで俺の胸の中で泣き続け、朝日が昇ってくる頃にやっとのことで眠りについた。
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