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「父さん」
実家に帰り着き、雷鳴に掻き消されそうな声量で室内に呼びかける。室内は停電があったように暗く、物音がしない。
「父さん?」
呼びかけながらリビングへ向かう。部屋は綺麗に片付いている。男の一人暮らしとは思えないほどに。
大学に通い始めてから家を出ることにしたが、家の近くに住まなければ龍巳は許可しなかった。歳を重ねるごとに龍巳の暁への執着は強まり、まるで体の一部にされたように、会う度に体の関係を強いられてきた。
大人になった今ならば、父の手を振り解く方法などいくらでもあるはずなのに、暁はそうしなかった。
背後に人の気配を感じ、振り向こうとしたところで、後頭部に強い衝撃が走った。
「父さ……」
意識を手放す寸前、歪んだ視界の中で龍巳の泣いている顔が見えた気がした。
とんとん、とんとんと心地よい揺れがあった。それは幼い頃に高熱を出した時、龍巳が抱きくるみながら背を叩いてくれた感覚に似ている。
体が熱いのも、きっとそのせい……ーー。
どろりとした熱いものが体の奥に注がれるのを感じ、ゆっくりと意識が浮上していく。
薄暗い部屋の中、自分の上に覆い被さり、体を揺らす黒い影があった。影は荒々しい息遣いを響かせながら、前後に、一定のリズムで動く。
それに合わせ、暁の体も揺さぶられた。
「っ、は……」
徐々にクリアになっていく思考で、何をされているのかを悟ると、股間と双丘の奥に暴力的なまでの快楽を覚える。
「はっ、……あっ」
喘ぎ声を発しながら、俺は何をやっているのだろうと思う。
けれどその自分の冷静な考えも、一つ突かれ、一つ欲望を注ぎ込まれる度に呆気なく押し流されていった。
何度目か分からない絶頂を迎えた時、近くで雷が落ちる音がした。それと同時になぜか部屋の照明が点き、上に伸し掛かっていた龍巳の姿が顕になり、視線が重なる。
だが瞳から感情を読み取る前に、ふいと視線を外され、年の割に鍛え抜かれた体に素早く衣類を身に着けていく。
それを起き上がって見ようとすると、全身を重だるさが襲い、後孔からこぽこぽと白濁が溢れるのを感じた。
こんな自分を見たら、滉一はどう思うだろう。驚くか、呆れるか、あるいは。
「暁」
半ば微睡 みかけたところで名を呼ばれ、返事をしようと頭を動かしかけ、鈍痛が後頭部に走って呻いた。
「……っう」
「ああ。動かさない方がいい。殴られてこぶができているからな」
「殴……られ、て……」
それは龍巳がやったのではないか。まるで他の人間がやったように言うのがおかしかった。
「俺、暴れるとでも思った?」
暁の言葉に、龍巳は意外なことを言われたというような顔をして振り返る。
龍巳の服装は既にほとんど整っていた。
「……いや、なんで?」
逆に問い返されると、返す言葉に困った。ここで殴ったことを確かめると、詰っていると取られるだろうが、詰る気が一切ない時はどうするべきか。
迷った末、曖昧に笑って済ませた。
「暁、お前は……」
龍巳の手が伸びてきて、笑顔をつくった暁の頬に触れる。そのままじっと何かを確かめるように暁の顔を眺めると。
「お父さんとお母さんに似てきたな」
と、ゆっくりと噛み締めるように言う。
「何言ってるの、急に」
母親はともかく、龍巳に似ていると言われたことは一度もないとは、なぜか言えなかった。暁を見る龍巳の目が、とても親が子を見るものではないと感じたからだ。
龍巳がつくるガラス細工の欠片に似ていると、ふと思う。あれは一見してとても綺麗だが、当然ながら強く握ると割れるか、手のひらを切ってしまう。それに似て、龍巳の自分を見る目は、温もりの裏側にひりっとした痛みを与えてくる。それが怖いと思うのか、暁にもよく分からなかった。
龍巳が口を開き、何かを答えかける。だが、それが音となり、言葉となることはなく、背を向けて作業部屋の方へ向かってしまう。
「父さん」
その背が完全にドアの向こうへ消えてしまう前に、咄嗟に呼び止める。
中途半端に閉ざされたドアの向こうで、返事もなく、龍巳が足を止めた。
なぜ呼び止めたのか、何を言おうとしているのか自分でも分からない。だから、ただ思いついたままに口にした。
「また、新しい作品ができたら見せて」
父さんのつくるガラス細工が好きだから。そう続けかけて迷ううちに、龍巳はドアの向こうに消えた。
それをじっと眺めていると、思い出したように背中や腰、関節などに加え、後孔が痛みを訴え始める。のそりと起き上がりながら、固く冷たい床の感触と、そこに散らばった情事の跡に苦笑が零れた。
龍巳が強引に暁を抱くのは今に始まったことではないが、以前はもう少し情緒というものがあったように思う。抱く時に床でということもなければ、増してや殴って気絶させて、などあり得なかった。
それが変わったのは、ちょうど暁に恋人ができた辺りか。
思い出そうとして、殴られた箇所が痛みを訴える。後頭部に手を伸ばし、そこがひんやりと冷たいことに気が付いた。
台所に目を向け、流しに思った通りのものを見つけると、作業部屋に視線を移す。
しんと静まり返った部屋の中で、龍巳が無心で机に向かい、黙々と作業をしている様子が目に浮かぶ。だが、何を思っているかは分からない。今も、昔も。
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