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 深夜、ぶるりと身を震わせながら目を覚ますと、暗がりの中、チカチカと点滅する仄かな光があった。何かと思って目を凝らすと、脱ぎ散らかしたままの衣類の中、スマートフォンが光っているのが見える。  のろのろと起き上がり、スマートフォンに手を伸ばしかけたところで、横からさっと別の手に掠め取られた。驚いていると、その手の主はスマートフォンをソファの上に放り投げ、裸のままだった暁の体を抱き上げる。 「父さん……?」  呼びかけると、龍巳は額に口付けてきて、そのまましっかりとした足取りで浴室へと向かう。  あらぬことを想像してしまったが、龍巳は浴室の戸を潜り、暁を湯船の中へそっと下ろすと、踵を返して出て行こうとする。 「父さん」  冷えた体に染み渡るお湯にほっと息をつきながら、再度呼びかける。振り返らない背中に向かって言葉を重ねた。 「ありがとう。父さんも……入らない?」  自分の口から飛び出た台詞に驚き、狼狽えながらもじっと龍巳の背を見つめ、答えを待つ。  大柄なわけでもなく、暁と大して変わらない背格好のはずだが、どうして父親の背中というのは大きく見えるのだろう。  その大きな背中が揺れ、こちらを振り向くのに合わせて後方に隠れる。 「……」  また、龍巳が何かを言いかけてやめる素振りをした。最近はいつもこうだ。もともと口数が多い方ではないが、それに輪をかけて無口になった。  そして、またあの顔をする。ひりっとした痛みを堪えるような。 「父さん?どうし……」  どうしたの、と問いかける前に、龍巳はずんずんと近付き、怖いほど真剣な目つきで屈み込んだかと思うと。 「っ……ん……」  唐突に、啄むようなキスが降ってくる。角度を変え、繰り返すうちに、互いの口腔を貪り合う深いものへと変わっていく。 「んっ、……んぅ……」  浴室に響く濡れた音に煽られ、湯船の中で明らかに主張し始めた自身を手淫しようと手を伸ばしたのだったが。 「っ……あ、……」  ぱっと唇を離され、思わず残念がる声を上げてしまうと、龍巳は囁くように言った。 「上がったら作業部屋に来い。見せたいものがある」      手早く入浴を済ませ、暗い室内の中、明かりが漏れている作業部屋にそっと足を踏み入れる。  すると、そこはまるで別世界だった。 「わあ……」  部屋中に飾られた多種多様なデザインのガラス細工の数々に、感嘆の声が漏れる。 「まだ、こんなものじゃないぞ」  暁の反応が嬉しいのか、龍巳は声を弾ませながら照明を操作する。すると、照明も手を加えてあるのか、様々な色に変わり、それに合わせて光るガラス細工が宝石や万華鏡のように見えて、言葉にできないほど美しい。  いつまでもそれを眺めて見惚れていたが、不意に着信音がし始めて我に返る。 「もしもし。……はい」  龍巳がスマートフォンに出ながら出て行くと、部屋に一人残された。すぐに戻って来るかと思われたが、話が長引いているらしく、なかなか戻って来ない。  照明を操作して元の色に戻すと、何気なく作業机の上にある写真立てに目が止まった。なんとなく興味を引かれて手に取ると、若い男女が並んで立ち、幸せそうに微笑んでいる写真なのが見て取れる。  ありふれた写真だが、男の方は龍巳とはまるで別人だ。だとすると、これは友人夫婦でも撮った写真なのだろうか。  写真立てを元の位置へ戻しかけた時、裏側の蓋が外れ、写真と共に白い紙がひらりと落ちた。  拾い上げて目を通した暁は、目を見開いた。 「これは……」  ドアの外、電話を終えたらしい龍巳がこちらに近付いてくる音がする。  暁は咄嗟にその紙をポケットにねじ込み、写真立てを元の位置に戻した。それと同時に開く扉。 「仕事の電話?」 「ああ。……まあ、な……」  何だか歯切れが悪い。どこか疲れた様子の龍巳は一気に老け込んで見えたが、それでも二十代の息子を持つ親にしては若く見える。  若過ぎるくらいに。 「ねえ、父さん……」 「ん?」  返事をしながらも、龍巳は既に暁を見ていない。電話がよほど深刻な内容だったのかもしれないが、それだけではないように思えてならない。 「……父さんってさ……」  続けようとした言葉が、今度はリビングの方から流れてくる着信音に遮られた。暁のスマートフォンだ。  無視しようと思ったが、しつこく鳴り続けている。 「……出たらどうだ」  先ほどは奪い取ってまで電話を遠ざけたくせに、今度はあっさりとそう言う。  本当に、龍巳のことはよく分からない。  自然と溜め息をこぼし、龍巳を部屋に残して、リビングに向かった。暗い室内の中でチカチカと明滅する光を見つけ、ついでに部屋の明かりを点けながら電話に出ようとした。 「……?」  電話の相手を確かめて、首を傾げる。知らない番号だったわけではない。意外な相手だったからだ。 「春音?」  出る前にぼんやりと記憶を探るが、春音とは遠い昔に親しかっただけで、最近は疎遠になっていたはずだ。それがどうして急に、それもこんな時間に。  思考を巡らせる間にも鳴り続ける電話を見つめた後、思い切って電話に出た。 「はい」  出た瞬間、電話の向こうから騒がしい音が聞こえてくる。大勢の人が集まり、語らっているような。 「もしもし?」  もう一度呼びかけると、低い笑い声がした。 「久しぶり。暁か?」 「……うん。春音?」 「そうそう」 「………」  春音が立ち上がって移動しているのか、喧騒が徐々に遠ざかる。その間、二人の間には沈黙が落ちた。  少しずつ思い出してきたのだが、春音と疎遠になったのは、何も互いに社会人になったからだけではない。龍巳に初めて抱かれた直後から、なんとなく周囲と接しづらくなり、自ら一人になることが多くなったからだ。 「……今、さ」  物思いに沈みかけた時、未だに耳慣れない低音の春音の声が言葉を紡ぐ。 「小学校の同窓会やっているんだ」 「同窓会……」 「お知らせ来なかった?」 「……分からない」  言われてみれば来ていたような気もするが、龍巳や滉一のことで頭がいっぱいで、全く気に留めていなかった。  電話の向こうで、春音がまた低く笑う。 「分からないって。……なあ、今から来ないか?」 「今から?」  時刻はとうに深夜を回っている。春音が少し酔っているのは間違いなかった。 「それが無理なら、今度二人で会わないか」  声色が変わり、急に真剣味を帯びた気がして、軽く息を呑む。 「……」 「やっぱり無理?」 「……」 「……」  暁が考え込んでいると気付いたのだろう。春音も黙り込んだ。  同窓会があったからといって、急に連絡してきて、会いたいと言ってきた理由を考える。普通であれば、このシチュエーションは恋愛ごとと結びつけるが、春音は普通に女が好きだった。  だとすれば、答えは簡単だ。単にあの時何があったのかを知り、また昔のようにと思っているのだ。 「……無理だ」  するりと、言葉が口をついて出ていた。 「なんで?」 「今、仕事が」 「忙しいっていうなら、合わせる。久しぶりに会って、近況報告とか」 「ごめん」 「……なんで?」  春音の声に、詰るような響きが加わる。 「あの時も、何があったか言わないで急に避けるようになったよな?何か理由があるんだろ?」 「……」 「あの時、無理やりにでも聞き出せばよかったな。そうすれば、まだ今でも」 「春音」 「俺は、ずっと後悔して」 「春音。……ごめん、もう、戻れない」 「さと……」  電話を切り、着信拒否設定をしようとして、手が止まる。  後ろから龍巳に抱き込まれたからだ。 「父さ……、ん」  龍巳の手が背中から下半身に伸び、まだ反応していないペニスを下着の中から取り出される。 「っ……ん、ぁ……」  やわやわと揉み込まれるうちに成長していくのを感じながら、扱いている龍巳の手に爪を立てて襲い来る快楽を堪える。 「とう……さん、はな、しが……っ」  なんとか止めさせようともがくほどに、龍巳の手の動きは激しく、的確に暁を追い立てていく。 「このままでも話せるだろ?心配するな、まだ入れはしない」 「ぁ、……あ、まっ……」  入れないとは言うものの、亀頭や裏筋をぐりぐりと刺激され、既に我慢汁が先の方から染み出していた。 「っ、ん、ンンッ……」  話しどころではなくなってきているが、ここでまた流されたら機会を失い、わけが分からなくなるまで抱かれるのが目に見えていた。そうなる前に、何としてでも。  そう思った暁は、咄嗟に今までしなかったことをした。 「っ、ん……」 「!」  首を捻り、後方にいる龍巳にキスをしたのだ。  龍巳が驚き、一瞬手が止まった隙に、囁いた。 「父さん……いや、龍巳さん。あなたは一体誰?」  

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