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第10話◇兄貴の差し金

 ――――……兄貴との電話、長ぇな……。  もう先に寝ちまうか。  新幹線が発車して、景色が流れ出すと、なんとなくぼんやりと、外を見つめる。  何でオレ、ここに先輩と居るんだ。  2時間前までは思いもしなかった事態。  こっから取引先行くまではいいけど――――……。  その後一緒に食事すんの? 旅館まで一緒に行くのか?   部屋は別として――――……それにしたって、2人きりの時間が、長い。  はーー。とため息をついたその時。  先輩が戻ってきた。 「――――……おかえりなさい」 「あ、うん。――――……あのさ、三上」 「?」 「今志樹と話してさ」 「……はい」 「全部ばらして良いって話になったから――――……話、聞いてくれる?」 「――――……」  全部ばらして良いって話になったから……??  なんのことやら、全然分からない。 「話が全然見えませんけど……聞きますけど……」 「うん。だよな」  そう言うと、陽斗先輩は、不意に。突然。前触れもなく。くす、と笑った。  ……は――――……?  なんかものすごい、自然に笑ったけど。  いつもの無表情、どこ行った? 「三上、怒んなよ? 怒るなら志樹に怒れよ? って志樹も言ってたし……」 「――――……何がですか?」  全然分からない。 「オレが三上の教育係引き受けた時さ。志樹に、これだけは絶対に守れって頼まれた事があって」 「……はい」  なんかもう、こんな話で兄貴が絡むとろくな事がない気がする。  いやーな汗が手を湿らす。 「ぜっったいに、褒めるなって、言われたんだよ」 「――――………………は?」  ぽかん、と口、開いてしまう。  ……ぜったいに、ほめるな?? 「褒めると調子に乗るから、一切ほめるな、ひたすら仕事を詰め込んでいいからって、頼まれて――――…… オレ、最初は嫌だよって、散々言ったよ? でも、志樹が社長を引き継ぐ時、ある程度は蒼生にも任せたいから、とにかく一刻も早く、って頼まれて……」 「――――……」  ……何を言ってるんだか、良く分からん。 「オレは、むしろ後輩は褒めて育てたいから、ほんときつくてもう最悪で」  ……そうだよな。あんた、他の奴のことは、ほめるもんな。  明らかに、オレより仕事遅くて、出来もイマイチな奴らを、それでもあんたは褒めて伸ばしてる。 こないだより早くなったとか、書類の形式が整ってきた、とか、誤変換がなかった、とか。 いいとこ見つけて褒めてる。  あんたが、冷たかったのは、オレにだけ。 「……だから、そんなの絶対無理って言ったんだけどさ」 「――――……」 「――――……志樹に、お前にしか頼めないって言われて。結局しょうがないって事になって……」 「――――……」 「……でも、普通に仲良くなったら、オレ絶対褒めちゃうけどって言ったら、とりあえず2年間は、仲良くとかしなくていいから、仕事覚えさせろって。……それで三上が病んだらどーすんのって言ったら、志樹が、あいつはそんなヤワなメンタルしてねーからって言うしさ。 でも、三上がほんとに病んできたら、その話も全部無しで、オレは褒めるからって言ってたんだけど……」 「――――……」 「お前、ほんと、メンタル強くて、オレが全然褒めなくても、仲良くしなくても、なんか普通の顔してるし、仕事もどんどん覚えて、期待してるよりもずっと早く仕上げてくるし。――――……だから、とりあえず心を鬼にして、2年間、頑張ってきたんだよ」 「――――……」 「……であと少しで2年だし、もうそろそろいいだろって言ってた所で、2人で出張だしさ。 思うように話が出来ないのも、限界だと思って、今さっき志樹に、もういいだろって電話して。 やっと、OKってもらえた」 「――――……」 「…………んだけど。 三上、聞いてる?」 「……聞いて、ますよ。……聞いて、ますけど――――……」  ……何だ?  ……褒めなかったのも、話をしなかったのも、兄貴の依頼??  そんなバカな事ってあるかよ?  あのくそ兄貴……。  話は分かったような分からないような、まだ大分納得いかないことだらけだが、とにかく、あのくそ兄貴に対して、フツフツと、言いようのない怒りだけが湧いてくる。

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