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第45話◇

「――――……あのさ、先輩」 「……うん」 「オレ別に、とんでもないことしたとか、思ってないんで、大丈夫ですよ」 「――――……」 「キスしてちょっと触っただけです。別に本番したわけじゃないですし」 「――――……え……そ、うなの?」  ……そんな訳あるか! と突っ込みたくなる。  職場の先輩、しかも男にキスして、体に触れて、一緒に気持ちよくなるとか。普通なら、とんでもねーわ。  ――――……オレがあんたを好きだから、出来ただけで。  普通なら、キスもしない。  あんなに仕事できるのに、なんでこんなとこ、抜けてんだ?  すげー心配になる。 「……あと、先輩」 「――――……」  ずっと俯いてる先輩の頬に触れて、顔を上げさせてみる。  嫌がられはせず、素直に上向いてくれた。 「オレ、あんたにキスしたかったし、触りたかったからしたんで。怒ってるとか、後悔してるとか、ないですよ」 「――――……」 「……それより、先輩は、嫌じゃなかったんですか?」  そう聞いたら。  オレを見上げたまま。かあっと赤くなった。 「……やじゃなかったし――――…… なんか、やばかった」 「やばかったって? どういう事?」 「……その気になんないとか……言ったくせに……ほんと、ごめん」 「……どうして謝るんですか?」 「だって、すぐその気になって、結局お前にあんな事させて」 「――――……させられた訳じゃないですって。したかったって言ってますよね、オレ」 「でも――――……ほんと、ごめん」 「――――……」  オレは、先輩の腕を軽くつかんで、引き寄せた。 「……謝られるの、嫌です」 「――――……」 「先輩は試したかっただけかもしれないですけど、オレは、先輩にキスしたかったからしたので。 謝られると、ちょっと傷つきます」 「――――……ごめん」 「……今のは何のごめんですか?」 「……謝って、ごめん、てこと」  素直な先輩に、はい、と頷いて。  手をそっと離した。  すると、先輩は、また少し俯いて。 「――――……オレ、試したかったのは最初だけで……」  そんな風に言い出した。 「……気持ちよかったから、やめさせなかった」 「――――……」 「だから、余計、ごめん、て思ってたんだけど……」  ――――……なんでこう。  煽るような事、言うのかなあ……。   「先輩って、今――――……試しただけじゃなくて、オレとキスしたかったって、言ってます?」 「……ごめん」 「何でまた謝んの」 「あ、ごめん」 「だから――――……」 「んー、もう、なんか分かんないけど、全部ごめん!」 「――――……」  なんだかなあ。もう。  オレは、先輩の腕を掴んで、引き寄せて、至近距離から、見下ろした。 「陽斗さん」 「――――……っ」  敢えて名前で呼んだら。  先輩が息を飲むように、口を閉ざして、オレを、見上げたまま動かない。 「……謝んなくていいから。オレ、したくてしたんで」 「――――……」 「させたとか、もう言わないでよ。 つか、むしろ、無理やりされたとか思ってたらどうしようかと思ってた位なのに」 「――――……そんなの、言う訳、ない」 「そうなんですか?」 「だって……三上、オレの、試したい、を聞いてくれたんだし」 「聞いただけじゃないですよ。したかったからしたんです」 「――――……」 「……今も、キスしたいんですけど、オレ」 「――――……」 「……嫌ならしませんけど」  そう言って、少しの間様子を見ていたら。  先輩は。 「嫌じゃない、けど――――……ちょっと……考え、させて」 「……」  ぷ、と笑ってしまう 「ちょっとって?」 「――――……しばらく……考えて、いい?」 「はい」  オレは、先輩から手を離した。  嫌、じゃなくて、考えてくれるらしいから。  とりあえずそれでいい。 「……いいの? 三上」 「いいですよ。――――……今日、一緒に観光するでしょ?」 「……うん」 「そっち、楽しみましょう」 「――――……ん」  ホッとした顔を見せる先輩。  ――――……別に追い込みたい訳じゃない。  なんか。  全部可愛くて、どうしようもないけど。  嫌なところを無理強いしたい訳じゃない。   「先輩、顔赤い」  赤い頬を撫でると。びく、と震えた先輩が。 「顔、先に洗ってきていい?」 「どうぞ」  頷くと、急いで消えていく。その後ろ姿を見ながら、何だかやっぱり可愛くて。  ……逃げられたのになー。でも可愛いし。  どうしても、笑んでしまう。

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