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第64話◇side*陽斗 8

 外に来て周りに観光客がいっぱいで、2人きりのあやしい会話がなくなったら、消え去っていた平常心が、とりあえず戻って来た。  一緒に観光を楽しみましょう、夜までに考えてくれたらいいからって。  ……とりあえずそう言ってくれたし。  せっかくだから、楽しんだ方がいいよなと、思って。  観光マップも買ってみた。  ……スマホで調べればいいし、普段は、そんなの買わないんだけど。  高校時代の修学旅行の話をしたり、一緒に写真撮ったり、  なんかすっごく楽しい。  三上、ほんと。いい奴。  たのしーなー。ていうか、めっちゃ優しい。優しすぎて、なんかちょっと困る位。  そう思って優しくて戸惑うって言ったら。 「――――……つか、そんな事言ったら、先輩とこんな風に一緒に居る事自体、オレの方が戸惑いまくりですからね。昨日までのオレが見たらひっくり返りますよ」  と、突っ込まれてしまった。  ――――……でもなんかそういうのを、嫌な感じじゃなくて、きっぱりはっきり言って、笑い返してくれるとか。やっぱりなかなかできない気がする。  隠し事、しないで付き合えそう。三上って。  ……そもそも、昨日みたいな話、他人にしてしまった事自体、  オレ、おかしくなってたとしか思えないし。  なんか三上なら大丈夫かもって、思っちゃったんだよね。  仲良くなるのを避けてきた後輩なのに、ほんの数時間一緒に過ごしただけで、あんな事相談しちゃうとか。  ……普通なら酔ってても話したりしない。  だって、この2、3年、ずーっとぼんやり思ってたけど、仲の良い友達とかにも誰にも、言わずに来てたのにさ。  この2年、仕事の付き合いだけだったけど、三上のこと、かなり信頼してたんだろうなぁ……。    清水の舞台から、京都の町を眺めながら、色々考えていたら。  女の子達に話しかけられた。  写真を撮ってあげて、離れようと思ったら呼び止められて、ああ、逆ナンだったのかとそこで気付いた。  連れも居るしと、やんわり断っていたんだけど、男2人なのはもう知ってて、良かったら一緒にと言ってくる。  オレこの精神状態で、見知らぬ女の子達となんて絶対無理。  三上を振り返ると、なんか笑ってるし。助けろ、と見つめたら、面白そうな顔して、近づいてきた。  有無を言わせない感じで、三上が断って、オレの腕を掴んで歩き出した。  三上、圧が強いな、族長ん時の圧??なんてふざけて言い出した瞬間。  三上の手が、ぱ、とオレの口を覆った。 「声でかいし」  そんな風に囁きながら。  瞬間、息も出来ずに固まる。  ダメだ。  オレ今、三上が、触ると、昨日の事が――――……。   「……悪い、今、あんまり触らないでくれる?」  思わず言ったら、嫌だったか、と謝られてしまった。  ……違う。嫌とかじゃない。  違う。  三上が言ってるの、違う。  何て言ったらいいか分からなくて、黙ったまま三上の隣を歩いていたけれど。三上も気にしてるのか何も言ってこない。  きっと、三上が考えてる事は、全然違うから、オレは。 「……三上に触られるのが嫌だから言ったんじゃないから」  そう言った。 「今お前が触ると、オレ……昨日の、事、よみがえるから、ほんとに、無理」 「――――……」  なんかすごく恥ずかしいけど、事実なので、オレは、そう言った。  そしたら。どこかに座ろうと言われて、静かなカフェに入った。  ……でも。  三上が勘違いしてるだろうから、否定するために言ったその言葉は。  ……多分、オレが、昨日の事思い出して。  …………意識、しちゃうから、やめてという、そんな意味になっちゃうよなと思うし。……ていうか、まあ、そういう意味なんだけど……。  いいのかな、オレ。  このまま、この気持ちのままだと。  ――――……今夜、オレ……。 「さっきの話、なんですけど」 「……触るなって言った、やつ?」 「それなんですけど」  三上はめちゃくちゃオレをまっすぐ見つめてくる。   「オレが今、人もいっぱい居る所で、先輩にどんだけ触っても、何も意図はないですから。――――……あんまり、意識、しないでください」  ……なんかオレが1人で意識しまくってるみたいで、恥ずかしくなる。  そうだよね、オレ男だし、三上がずっとオレを意識してるとか、ある訳ないよね。昨日はあれは特別だったし。 「でも――――……でも、2人になって、触るのは、意味ありますよ。昨日のを思い出すとか。そういうのって……オレにとって、めちゃくちゃ意味があって。誘われてるのかなって、思っちゃいます」 「ち」 「違うのは分かってます。先輩、きっと考えずに言ってるんだろうなって、分かってるけど――――……オレは、そう思います」  誘われてるとか、あまりの恥ずかしさに、咄嗟に違うと言ってしまいそうになった言葉を即遮られて、言われて。  ――――……それも違うと、俯いた。  つか、そんなの、何も考えずに、言う訳ないじゃん。  誘われてるのかなって言う三上の言葉は、ちが、くない。  オレが今言ってるのって、どう考えても、明らかに、  ――――……今夜、オレ……。   「……陽斗さん」  咄嗟に、顔を上げて、三上を見つめてしまった。  昨日――――……おかしくなりそうな、感覚の中で、何回か呼ばれた名前。  う、わ。  やばい。な。 心臓、ドキドキしだした。 「……無理なら、陽斗さんとは、二度と、呼びませんから。無理しなくて、大丈夫ですよ」  ――――……三上は、ほんとにそういう奴なんだと、思う。  無理強いなんか、しない。  ――――……昨日だって、何回も、途中で聞かれて。  ずっと優しかった。  陽斗さん、て呼んだのも。  オレが、先輩後輩、気にしてたから。  あの時だけ、「先輩」をやめてくれた。  耳元で、「陽斗さん」て、呼ばれた感覚が、不意によみがえって、顔が少し熱くなる。  ――――……何かオレ。ほんとにヤバくないだろうか。  三上はきっと、ああいう事に慣れてて。  そんなに嫌でもなかったから、続けて――――……。  キスしてたら、反応したそれを、ただ鎮めただけ。  ――――……そんな、気がする。  ……ん?   そういえば。  ……キス、したいって、なんだろう。  美味しいスイーツ、食べさせたり、食べさせられたりしながら、  すごく美味しくて、幸せに浸りながら。  頭の中は、その疑問でいっぱいになってくる。  キスしたい、触りたい、先輩じゃなかったら、してない。  …………何それ。  三上って、オレの事、好き。 ……じゃないよな。  絶対昨日まで、嫌な奴ナンバーワンだったよな、オレ。  好きなわけないし。  じゃ何だろ??  ツンツンしてた憎たらしい先輩が、変なことで悩んでて。  ちょっかいだしたら、思ってたより良かった……から、もっと触りたい?    …………なんか相手は三上だし、それとも違うような気がするけど、よく分かんないな……。

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