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第84話◇先にキス

   結局途中で人とすれ違う時に手を離して。   そのまま、歩いてきた。  旅館にたどり着いて、部屋の鍵を受け取る。 「思ったより早くつきましたね」 「うん。ついさっきまで大阪にいたもんな」  楽しそうに笑う先輩。  部屋まで歩いて、ドアを開ける。 「楽しかったー、なんか今日、すごい充実感」  いっぱい回ったよな、なんて笑いながら、オレを振り返ってくる。 「そうですね」  頷きながら、荷物を端に置く。 「ね、先輩」 「うん?」   「風呂、一緒入ります?」  そう言った瞬間。  それまで、超笑顔だったのに、ぴったりと固まってしまった。 「入るけど――――……そういえば、昨日、全然来なかったじゃん、三上。 そういえば、あの時、何してたの?」 「あー……一緒に入るの嫌だったので、なるべく遅く行きましたけど……」  昨日の事を思い出しながら、苦笑いでそう言うと。  先輩は、眉を顰めた。 「え、何で?? 何で嫌なの??」 「――――……」  何でって。  ……何でって――――…… 本気で聞いてる……?  ……本気で聞いてるんだろうな、これ……。  信じられない。 「……意識、しそうだったからですけど」 「――――……」  おお。 すっげえ、黙った。  固まってる。 「――――……先輩?」  声をかけると、先輩はじっとオレを見つめてきた。 「え、だって。――――……昨日の風呂入る時って、別に……」 「先輩はしてなかったんでしょうけどね」 「――――……えー……と……」  なんだかものすごく困ったような顔。 「いいですよ、返事悩まなくて」  もう、苦笑いしか出てこない。 「ごめん――――…… 何も……思ってなかった、オレ」 「だからいいですって」  クスクス笑いながら、オレは、浴衣とバスタオル、下着を持った。 「はい、先輩」  先輩にも浴衣とバスタオルを渡して。  そのまま、至近距離で、先輩を見下ろした。 「――――……昨日とか比べ物にならないくらい、意識してますけど。 それでも一緒に入りますか?」  間近でオレを振り仰ぎ、じっと見つめ返して。   またほんのり、赤いけど。  「――――…… 今は、オレもしてるから、一緒でいい」  とか言っちゃう辺り。  ――――……なんかもう。ほんと。  ……今すぐ襲いたいんだけど。  なんか、理性を総動員、させて耐える。  でも、  どうしても。  キス、したい、と思ってしまって。 「……先輩」 「ん?」 「キスしていい?」 「――――……え。でも」  ちょっと困った顔で、先輩がまた固まってしまった。 「でも……風呂は??」 「……キスしてからでもいいなら」 「――――…………」  先輩は、すっごく困った顔になってしまった。  嫌、かな?  良いとは言わないし、なんかすごく困ってる。   「……嫌なら、いいんですけど」  先輩の、超困り顔に仕方なく言った。 「風呂が先でいいですよ」  風呂に向かって歩き出した瞬間。  先輩が、オレの腕を引いた。  え、と思うか否かの間に、ふ、と近づいてきて。  キスされた。 「先輩……?」 「ち――――……ち、がうよ? キス、したくない、とかじゃない」  何だか一生懸命な顔で、そんな風に言って、見上げてくる。  まっすぐな瞳。 「――――……っ」  なんか。  ――――……すっげえキたんだけど。  落ち着け。オレ。   「……でも、先輩、キスして良いか聞いたら、戸惑ってたでしょ?」 「……だから――――……」  先輩は一度俯いて。それから、プルプル首を振った。   「……キス、しちゃうと――――……さっきもだけど……反応しちゃうし」  最後の言葉を口にした瞬間。  かあっと赤くなって、どんどん俯いてく。 「風呂、入れなくなると――――……思って……」 「え。……そんな、理由?」 「そうだよ。つーか、今更、嫌なんて、言う訳ない――――……」  そんな理由なら。  止める理由には、なんねえし。  先輩の顎を捕らえて上げさせて。  深く、唇を重ねた。

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