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第85話◇「陽斗さん」

 キレイな、顔。  ――――……眉が、少し下がってる。  ……苦しい?  でも、可愛い。  ごめん、今、やめれないや。 「……ん、っふ……」  少し息苦しそうに声を出した先輩の手が、オレの腕に、触れる。  でも、嫌がって押してくるとかじゃなくて、縋るように握り締めてるので、嫌がってないのは、分かる。 「……陽斗さん」  敢えて呼んだら、先輩の瞳が開いて。  視線が合うと、何とも言えない感じで、細められた。 「……それ、あとにして……」  言いながら、先輩の唇が、触れてきた。  ――――……あとにして?  ……呼ぶのを?  キスを返しながら。  不思議に思ってると。  腕に触れてた先輩の手が、少し背中に回ってきて、ぎゅ、と握った。  オレが不思議そうなのが、分かったみたいで。  困った顔して、眉を寄せて。  それから、言った。 「……呼ばれると、なんか……変だから、あとにして」 「へん?」  今日、何回か呼んだと思うんだけど。  確かにちょっと、緊張した感じになる時もあったような……。  にしたって、変て、何? 「――――……だから……」 「……うん」  触れそうな位近くで見つめ合ったまま。  先輩の言葉を待ってると。 「……ぞくぞくするから……今、やめてって、言ってる」  ――――……。  ……名前。  呼ばれるだけで? ゾクゾクすんの?  ……マジで? 「誰かに名前、呼ばれる事、ありますよね?」 「……あるよ」  そうだよね。  ……兄貴だって、呼んでるし。先輩の同期も皆、呼び捨てだし。  ……何。  オレに呼ばれるのがダメってこと?  それってもしかして。 「なんか……三上に呼ばれたの……昨日のあの時だから――――……」 「――――……」 「……って、何で分かんないの? 三上のせいじゃん、変な時に呼んでたから……っ」  ……突然、逆切れされた。  しかも。  真っ赤な、顔で、睨まれたって。 「いやだ、やっぱ離して、風呂が先にしようよ」  離れて行こうとする先輩を、止める。 「ちょっと待って、先輩」  腕をとって、もう一度オレの方を向かせたら、また、睨まれる。 「――――……」  肩を掴んで、ぐい、と引き寄せて、その耳に、唇を寄せた。 「――――……陽斗さん?」  耳の側で、息を吹きかけつつ、囁いた瞬間。  びく、と震えて、ぎゅと瞳を閉じた。 「……っ」  真っ赤になって、またオレから距離を置こうとした先輩を、そのままぐい、と抱き締める。 「……っや、だって言ってんじゃん!」  先輩が、腕の中で、怒ってる。 「何で三上って、やだって言う事、すんの」 「だってそれ――――……別に嫌なんじゃないでしょ?」  なに、この人。  ――――……オレに、陽斗さん、て呼ばれるだけで。  感じちゃうのか?  く、と笑ってしまう。 「っ……何で、笑うんだよ?」 「――――……だって、可愛くて」 「……バカにしてる?」 「してない。――――……本気で、可愛い」 「――――……っ」  抱き締めたまま、その唇を、塞ぐ。 「っ……」 「陽斗さん――――……」  触れたまま囁いて、また口づける。 「……っ……」  腕の中で、また、ぴく、と動いた。  今日何度か呼んだ時も。  ――――……昨日の事思い出して、意識、してたのかな……。  そんな風に思うと、もう、死ぬほど、可愛い。 「――――……陽斗さん……」  もう一度呼んで、、さらに深く口づける。  だから、とでも言いたげに、開いた瞳は、舌を絡め取った所で、ぎゅと閉じられた。  「……っ……ん、んぅ……」  ……可愛すぎて。  ずーっとキスしてられそう。

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