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第130話◇けじめ

「じゃあ乾杯」 「うん」  お互いのマンションのある駅まで帰ってきて、居酒屋に来た。  今日の所は、祥太郎の店はやめて、普通の落ち着いた感じの居酒屋。  少し、個室っぽい席。まあでも、通路から何となくは見えるから、先輩には触ることとかは不可能だけど。  軽く食べよう、軽く飲もうって事でここに来たけど。  なんか、さっきから、先輩が何か考えこんでる。 「……先輩?」 「ん?」  オレは、先輩の困ってる顔を眺めて、苦笑い。 「あのさぁ、なんかさっきから考えてる事ありますよね?」 「……」 「言ってくださいよ」  先輩をまっすぐ見つめると。 「――――……なんか、ちょっと思ったんだけど」 「はい」  少しの沈黙。  先輩は、ふと俯いて。  言いづらそうに、口を開いた。 「さっき……キスしたりは良いとか……オレ、言ったんだけど」 「はい」 「……散々……してもらっといて、ダメっていうのもおかしいよなって思ったんだけど……」 「――――……」  それきり、先輩はしばらく黙ってる。  少し俯いてるその表情が。  なんか、叱られてる子供みたいで。かなり可愛く見えてしまって、何だか見てたら、オレは、ふ、と笑ってしまった。 「じゃあ、OKが出るまで、そういうのは無しにしますね」 「――――……え」 「えって、何ですか? そういうことでしょ?」  じーっと、オレを見つめてくる先輩に苦笑い。 「……いいの?」 「いいですよ。――――……まあ、よく考えたら、そうですよね」  キスして、抱き締めて、抱いて――――……。  もう既成事実重ねて、とかもちょっと思っていたけど。  悩ませそうだし。 「けじめですよね。そういう事はちゃんと決まるまで、しませんから」 「――――……」  小さく、頷いて。  先輩は、じっとオレを見つめた。 「三上ってさ……最近何かで怒った? 怒る事って、ある?」 「――――……どういう事ですか?」 「なんか、三上って怒らないからさ……」 「怒られたいんですか?」 「そう言う訳じゃないけど……」  ぷ、と笑ってしまう。 「ていうか、オレ先輩と居て、怒るような事が全然無いからですけど」 「……オレ、結構、めちゃくちゃな事言ってない?」 「そうですか?」  なんか怒るような事、言ってたっけ。 「ああ。そういえばオレ、金曜の京都に向かう新幹線の中で、かなり怒鳴ってましたけど」 「あ、志樹にか……」  思い出したように頷いて。  先輩は、困ったようにオレを見つめた。 「だってあれも、志樹には怒ってたけど――――……オレには怒らないしさ」 「……だってあれ、先輩も嫌な思いしながらやってた事だって、分かりましたし。むしろ――――……感謝ですよ」 「――――……だから、そういうとこもさ……ほんとは怒ってもいいと思うんだけど……」 「なんかオレ、先輩には怒れる気がしないんですけど……ていうか、オレもともとそんなに怒らないかも。高校ん時に。荒んでるもの全部置いてきたような感じですかね……」  笑いながらそう言うと、先輩は、一瞬黙った。 「オレが先輩に怒るとか。よっぽどのことがないと無いですよ」 「――――……」  何も言えないらしい先輩に。 「じゃあそういう事は無しで。――――……迫りますよ、オレ」 「――――……」 「オレとキスしたかったら。早くOKしてくださいね?」  まわりに聞こえないようにそう言って。  見つめて、ふ、と笑うと。  先輩は、恥ずかしそうに俯いて。 「そういう恥ずかしいセリフも、無しでいい……?」 「……今のの何が恥ずかしいんですか?」 「いや、恥ずかしいでしょ……」 「……色々してんのに。何でこんなセリフ位で、そんな可愛い感じなんでしょうね」  ぷ、と笑ってから、ふと。思って。 「先輩。オレはしたくなくて、すんなり受け入れたとかじゃないですからね?」 「?」 「けじめつけるために、受け入れただけですから」 「――――……」 「そこは、覚えておいてくださいね」 「――――……」  うん、と頷いて。  先輩は、「ありがと」と言った。  その後は普通に食事を終えて、今日は、お互い家でゆっくり休もうという事に決めた。  一緒に寝よう、とか言ってたけど。  多分先輩、混乱しそうだし。キスも、ちょっと、って言ってるくらいだし。  少し時間を置いてあげた方がいいんだろうなと思って。  ただ、職場でいきなり会うのは、なんだか気まずそうなので、朝少し早く出社して、休憩室で会う事にした。  こうして。  2泊3日の、先輩との京都出張は、終わった。

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