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第139話◇褒めた?
金曜、あんな時間に帰って京都行きになってしまったから、メールは嫌ってくらいたまっていた。大体にして、金曜にメールが増えるのはいつもの事。特に急ぎじゃないから止めておいた案件を、来週になるまでに送って帰ろうって事で、金曜の帰り時間までにメールを送ってくる人間が多い。
折り返しの電話を求める連絡も来ていて、一つずつ対応して……とやっている間に、気づいたら昼の12時の鐘が鳴っていた。
「――――……え、もう?」
思わず口に出した言葉に、隣から先輩が、こっちを見てくる。
「忙しすぎて、時間見てなかった?」
先輩はクスクス笑いながらそう言うけれど。
先輩も席に居なかったり、結構忙しそうだった。
「三上、大体は片付いた?」
「とりあえず、これ、メール送っちゃえば、昼行けます」
言ってる間に、同期の晃司が「昼は?」と言いながら近くを歩いて行く。
「まだ無理。悪い」
「んーお先ー」
ひらひらと手を振りながら、晃司が歩き去っていく。
「あ、すみません。このメールさえ送れば、片付きます」
先輩に向けて言い直すと、うん、と頷いて。
「午後は?」
と聞かれる。
「明日の営業周りの準備と……ああ、木曜の会議の資料作りですかね。あとは細かいのが何件か」
「そっか。それじゃあ、他の奴に仕事振らなくて大丈夫そう?」
「大丈夫です」
笑顔で先輩に頷いて見せると。
先輩も、ふ、と微笑んでくれる。
――――……正直。
顔をちゃんと見つめ合って話すのも。
――――……こんな風に、笑ってくれるのも。
もうめちゃくちゃ嬉しいし。
テンションが上がりっぱなしで、どんな仕事も、驚く程に欠片も苦にならない。さっきなんて普段は面倒だと思う取引先への電話も、もはや鼻歌交じりで呼び出し音を聞いてしまう位。
オレ、このままここで、先輩の隣で仕事していたら、
部で成績、トップを独走するんじゃないかなーなんて、思ってしまう。
ただでさえ。そんな感じで、朝からずっと仕事してきたというのに。
皆が各々キリの良い所で昼に出て行って、オレ達の周囲に人が居なくなったその時。
「三上」
「はい?」
「さっきさ、香山さんとこ電話してたじゃん?」
「ああ、はい。してましたけど」
さっき思い出していた、ちょっと面倒な取引先。
「なんか良い感じで対応してたなー。あの人相手にあんな風に対応できるとか、すごいと思う」
「――――……」
「さすが三上って感じ」
クスクス笑いながら先輩が言う。
オレは、メールを書こうと、キーボードに両手を置いたままだったのだけれど。……そのままの姿勢で、先輩をマジマジと見つめてしまった。
「え。な……何?」
先輩が焦ったみたいな顔で、かなり引いてる。
「……今」
「え?」
「今、褒めました? オレのこと」
「え。――――……あ。 うん……」
意味が分かったみたいで。
なんかすごい照れた顔をして。右手を上げて、うなじを掻いてる。
「なんか、ものすごいナチュラルに――――……褒めましたよね、オレのこと」
「……っつか、褒める、し。もう……」
「――――……」
「もう、志樹との約束、無い、し――――……」
朝ここに入ってからは。
いつも通り仕事が出来る先輩で。
なんか散々すっとぼけた事言ってたような所は、やっぱり全く見えない感じで。カッコいい、仕事の出来る先輩が、隣に居た。
だから、何も変な事を考えずに仕事をしていられた。
というか、普通に笑顔を見せて話してくれるってだけで、オレはすげー気合が入って、仕事を頑張っていられたんだけど。
今。
褒めてくれたことを指摘したら。先輩は、急に、めちゃくちゃ恥ずかしそうな顔をして。なんか、また可愛い感じで話し出すし。
「先ぱ」
「変なこと、言うなよ」
「先輩」と呼び終わる前に止められた。
「早や……」
可笑しくて、右手を拳にして、口元にあてて笑いを堪える。
「言いませんよ」
そう言うと、先輩はほっとしたように頷いた。
「――――……」
思わず、言おうとしたけど。
――――……すげー好きって。
ち。察知された。
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