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第142話◇兄貴

「志樹、お昼は?」  先輩が兄貴に聞いてる。  ……なんか。近ぇんだよ。先輩に。バカ兄貴。  先輩も、その距離で、そんな真横向いたら、めちゃくちゃ至近距離だっつーの。離れろよ……。  思うが、言えない。  なんで離れてほしいんだっていう話になりそうだし。 「外で食べてきた」  食べてきたんなら、社食に来るんじゃねえよ。何しに来たんだ。  そう思いながら、目の前の食べ物を口に詰め込んでいると。 「何か言いたい事、あるかなーと思って。探してたんだけどな」  兄貴はオレを見て、笑う。 「つか、こんなとこで話せないし」  兄貴と先輩だけに聞こえるような声でそう言う。 「まだ怒ってんの?」 「――――……怒ってるに決まってる。ほんと最低。オレの事なんだと思ってんだよ」  まわりに聞こえないようにこそこそと。でも確実に文句を言ってるのに。 「んー?」  ニヤニヤ笑いながら、腕を組まれて斜に見つめられると、すげえむかつく。  「褒められたらダメだとか、意味わかんねえし」 「でもそこはその通りだったろ? 良かったじゃん。2年ですげえ仕事覚えたらしいし?」 「……ざけんな」  短く言ったところで、食べ終わる。  先輩を見ると、先輩も後少しで食べ終わりそう。 「こんなとこに何しに来たの、志樹?」 「お前らの様子見に」 「わざわざここに?」  先輩は、クスクス笑ってる。 「業務室に行って、陽斗はって聞いたら社食で見たって聞いたから。この後会議とかでもう来れなそうだったからさ」  じゃあ来なくていいけどな。  思いながらお茶を啜ってると。 「すっかり懐いて帰ってきたみたいだな」  クスクス笑いながら、兄貴がオレを見る。 「懐いてとか言うなっつの」  ――――……まああながち間違いじゃないところが、なんかものすごくムカつくけど。こんな一瞬のオレ達を見ただけで、そんな風に言うとか。  ほんと、この兄貴は……。  マジ、嫌だ。 「あんまり懐かれて迷惑だったら言えよ?」  兄貴が隣の先輩を見つめて、そんな風に言ってる。 「……大丈夫だよ。三上、仕事出来るし」 「――――……早速べた褒めしてンのか?」  兄貴が呆れたように笑う。  先輩は、苦笑いしながら兄貴を見て、食事を終えた。 「ごちそうさま」  そう言って、お水を飲んでる先輩に、兄貴が笑った。 「ずっと抱えてたのが取れて、楽しそうだな」 「……うん。そーだよ」  べ、と舌を見せて、先輩が兄貴を少し睨むが兄貴には全く効かない。  ていうか、可愛いだけだから、睨むのとか、やめとけばいいのにと思いながら、先輩を見ていると。 「お前らいつ帰ってきたの? 京都」  兄貴がオレにそう聞いてきた。 「――――……昨日」 「昨日? ああ、じゃあ2泊してきたのか。へー」  なんだかもう、含んだ言い方が気に食わない。  先輩も辛うじて、普通に応対してるし、バレる筈がない、と思うんだけど。  たまにエスパー的な感じだからな、この人。 「楽しかった?」  兄貴が隣の先輩にそう聞いたら。  先輩は一瞬黙って。うん、まあ……なんて頷いてる。 「色んなとこ、行ってきたよ」  ふ、と笑いながら、先輩が言う。 「ふうん……」  兄貴がくす、と笑う。 「陽斗、夕飯行こうぜ」 「今日?」 「いつでも。今日でもいいけど」 「今日はちょっと……明日以降なら」 「明日は用事あるから。明後日は?」 「うん。いーけど」 「連絡する」 「うん」 「じゃあな、蒼生。 あんまり懐きすぎんなよ」 「――――……」  む、としたまま睨むが。  全然意に介さない。まあもう分かってるけど。  立ち上がって、そのまま、立ち去っていく。  離れた所から、何も知らない女子社員たちが、兄貴を見て、密かに騒いでいる。  その後ろ姿が消えた所で。 「……え、オレ今、なんかまずかった?」  先輩が、オレを見てる。 「いや。――――……大丈夫だったと、思うんですけど」 「何で夕飯……って別に今までも行ってたけど。この流れって……」  片肘ついて、その手に額を置いて、はー、と俯いてる。 「……大丈夫、だったよな?」 「多分……」  あの人。  ほんと。エスパーぽいから分かんないけど。  と思うんだけど。  それを言ったら、先輩がますます落ち込みそうなので、言わない事にした。 「――――……別にオレ、兄貴にバレてもいいから、いいですよ?」  そう言うと、先輩はしばらく固まった後、オレを見て。 「――――……はー……嘘だろ」  静かにため息を付きながら、顔を上げて、オレを見つめてくる。 「仕事、戻りますか?」 「……うん。戻ろ」 「後で話しましょうね」 「……うん」  ああ、なんか。ダメージ負ってんなぁ、先輩。  まあ。なんとなく、先輩が兄貴に知られたくないのは分かる。  ……さっきのじゃまだ、バレたとも言い切れないけど。  苦笑いしか浮かばない。

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