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第164話◇人生初。
「すぐ準備するから適当にしてて?」
「はい」
パン屋から先輩のマンションに来ると、そう言って先輩は準備を始めた。
白なんだなあ、家具とか。
綺麗にしてて、なんか、先輩ぽい。
そんな風に思いながら興味津々で部屋を見ていると、先輩は戻ってきて、苦笑した。
「そんな見んなよ」
「え、だって興味あるし」
笑いながら答えると、先輩は更に苦笑い。
「週末から掃除してないし、あんま見ないでって」
「全然綺麗ですけどね」
「埃が……」
「そんな小姑みたいな事言わないですよ」
クスクス笑うオレの目の前に先輩は座った。
スーツ一式、小さめのガーメントバッグに入れてる。
「明日の朝、家寄って荷物は置いていく事にする」
「付き合いますね」
「……」
「ん? 何ですか?」
「面倒じゃない? 先行ってていいよ、会社」
「はー。分かってないですよね。 面倒どころか、付き合いたいんですよ。でもって、一緒に出社したいんです」
「……そうなの?」
「……陽斗さんは、一緒にしたくないんですか?」
「――――……別にしたくないって事はないけど……よし、用意できたよ」
「もう出来ちゃったんですか?」
「え、何で?」
「もうちょっと部屋見てたかったなーと思って」
「……いーから、いこ」
先輩はもうスルーする事にしたらしい。
オレは苦笑いを浮かべて、椅子から立ちあがった。
「なんか陽斗さんらしい部屋でした」
「ん?」
玄関で靴を履きながら、オレが言うと、先輩はくす、と笑う。
「オレらしかった?」
「うん。白っぽく統一されてるし、整理整頓されてて、陽斗さんぽい」
「そう?」
「はい」
部屋の鍵をかけながら、先輩が振り返る。
「お前の、オレのイメージって、そういう感じ?」
「うん。そうですね。――――……整ってて、綺麗な感じ」
「へー。そうなんだ……」
ふ、と笑う先輩。
「陽斗さんのイメージ、きっと皆そういう感じだと思いますけどね」
「会社の皆?」
「清潔感あるし。綺麗だし。いい匂いしそう。……って、いい匂いですけど」
言った瞬間、肘でつつかれた。
「変なこと言うな」
ムッとして言うけど。
はは。……多分、これは、照れてる。
先輩のマンションを出て、オレのマンションに向かって歩き始める。
「じゃあさ、陽斗さん、オレの部屋、どんなイメージ? 色とか」
「三上の部屋……? んー……」
じっと見つめられる。
「……黒?」
「お、当たり。黒とかグレーですね」
「ん、ぽいな」
「オレ、黒っぽいですか?」
そう聞いたら、先輩は、ぷ、と笑ってオレを見つめる。
「黒っぽいって何。――――……今のは、イメージっていうか、当てに行っただけだよ」
「ん? どういう事ですか?」
「なんか、持ってる物も黒が多いから。財布とか、キーケースとか」
ああ。なるほど。
そう思いながら。
「なんかオレが持ってる物とか、見てくれてるのが嬉しいんですけど」
「――――……」
「変ですか?」
「うん。……変」
言いながら、先輩は苦笑いを浮かべてる。
「ていうか、オレの財布、何色か分かる?」
先輩が言う。
「茶色」
「キーケースは?」
「黒」
すぐ答えると、先輩はクスクス笑って。
「三上も人の、見てるじゃん」
「え、オレ、他の人のは見てないですよ。何だったかなーって感じ」
「――――……」
「陽斗さんのだから覚えてる訳ですし。だから、陽斗さんがオレの覚えててくれて、嬉しいって言ってるんですけど」
「オレは――――……何となく黒が好きなんだろうなーって思ってただけで」
「それでも嬉しいですけどね」
クスクス笑ってしまうと。
「……三上って、ほんと恥ずかしい」
ムっとしながらそんな風に言われて笑ってしまう。
オレを見て、呆れたように苦笑いしながら。ふ、と思いついたように。
「何となく、三上の部屋、ごちゃごちゃしてそうなイメージはないな」
そんな風に言われて、「そうですか?」と聞くと。
「うん。仕事忙しくても、机、割と綺麗にしてるし」
「あー……まあ、そうかもですね」
「三上に机整頓しろって注意した事ないし」
「誰かにしてるんですか?」
「結構皆汚くない? それで書類とかメモとか探してて。そういう時は、ちょっと片づけながら仕事しろって言う時あるよ」
「そうなんですね」
「三上は綺麗だから。部屋も綺麗なんじゃない?」
「そーですね」
「これですっごい汚かったら、笑うけど」
面白そうにオレを見ながら楽しそう。
「汚かったら、陽斗さん、誘わないですよ。 めっちゃ綺麗にしてから誘います」
「ふーん? なんかやっぱり楽しみ」
クスクス笑う先輩。
――――……つか、楽しみなのは、こっち。
ああ、なんか。
家に誰かと帰るのがこんなに、気分が上がりまくって、楽しいって。
人生で初かも。
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