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第170話◇寒い

「なんか恋人期間中、これはだめって事ありますか?」 「……無い、かな」 「オレすっごい誘いますけど、いいですか?」 「……すっごい?」  先輩が、クスクス笑いながら、オレを見つめる。 「うん。いーよ」 「……いいんですか?」 「……うん。三上と居るの、楽しいから。いーよ」  そんな、嬉しすぎる事を言って、にっこり笑ってくるとか。  ほんと、全然分かってない。  ……手順とかすべて取っ払って、押し倒したい位、なんだけど。  ――――……はあ。  何だかな。  きっとこれ、本当に楽しいと思ってくれてるんだよなあ……他意なく。 「……試しに1カ月、ここで暮らすって言うのは?」 「――――……1カ月ここで?」 「そしたら、色んな所が見えるだろうし。お試しには、良いんじゃないですかね」  さすがに無理だよなーと思いながらも提案したオレの目の前で、先輩は、かなり長らく、「んーーー」と唸っていた。あれ、意外。そんなに考えるてくれる訳? 「……ちょっと少し考えさせて?」 「はい」 「……しばらく考えていい?」 「何日でも待ってますよ」  即答で断られなかっただけでも、すごいなと思うし。 「あ、そうだ」 「ん?」 「歓迎会の事で、オレこれからちょっと仕事の後で忙しいかも……」 「あぁ。そうだよな。頑張って」 「はい……ていうか、うちの会社、そういうパーティとか多くないですか?」  そう言ったら、先輩は、可笑しそうに笑い出した。 「社長が好きなんだから、しょうがないよね。志樹も特に否定しないし。三上の家族じゃん」  ああ、そうだった……。  パーティ好きな親父のせいだった。  今は療養中だから出てこないけど、各部のクリスマスパーティーとか、出てたらしいもんな。 「まあでも社長がそういう感じだったからか、好きな人が多いような気はする。特に上司たち?」 「……ああ。分かる気がします」 「若い奴の方がめんどくさがってる気はするけど……まあ、しょうがないよなー? 応援してるから。頑張って」  先輩はおかしそうに、クスクス笑ってオレを見上げる。 「そろそろ、寝る?」  先輩が壁の時計を見ながら、オレに言う。 「ああ、そうですね。寝ましょうか。電気消しますね」 「うん」  先輩が頷いて、布団に横になったのを見てから、部屋の電気を消した。  ベッドに入って先輩の方を向いて、横になる。  先輩も、こっちを見ていて、視線が絡む。 「――――……おやすみなさい、陽斗さん」  何だか、ここに本当にこの人が居るんだなーと、しみじみ浸っていたら。 「なんか……さっき三上いってたけどさ。たった4日なんだよなー……」 「はい」 「関係がこんなに変わるの、初めてかも……」 「あー……それは、オレもです」  関係がというか。感情がこんなに変わるのも、こんなに好きだって思う事自体も初だしなあ。  そんな事を思いながら、ぼー、と先輩を見つめていたら。   「……なー、三上」 「はい」 「布団、寒い」 「……あ、布団? ちょっと薄いかも。厚いの出してきましょうか?」  起き上がってそう言ったら。 「――――……ちがう」  ん? 違う?  先輩を見ると、何だか、それ以上何も言わない。  「――――……」  あ、もしかして。  オレは立ち上がって、ベッドの布団を先輩にかけてあげて。  それから、その中に、潜り込んでみた。  入ってくんなとか、何も言わないので、正解、なんだろうな。 「これでいいの?」 「……ん」  ふ、と微笑む。  ナニコレ。――――……超可愛い。 「陽斗さん、来て」  ぐい、と引いて、腕の中に引き込む。 「暖かい?」 「――――……ん」  笑いを含んで、頷く声。 「―――……三上、さっき、一緒に寝ないって言ってたけど……」 「? ああ、オレが?」  ……変なことしないから来てくださいって、必死だった時ね。  あれは、来てほしくて、めっちゃ頑張って誘ってたからな……。 「……恋人なら。いいかなって」  ――――……うん。  はー。ほんと。死ぬほど、可愛い。  何なんだろうか。この人。

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