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第229話◇side*陽斗 1

 今日は急遽、部長と取引先に向かう事になった。  部長の昔からの知り合いとの、わりと大きな取引。  午後一で終わるはずだったのに、取引先の社長が話し出した、新しい工場の話で盛り上がり――――……まさかの急遽栃木に向かうことになってしまった。新しい機械が見たいとか……。  二時間。往復四時間か……。まあ仕方ないか。部長だから、こんな事もある。……志樹とちょっと似てるんだよな。思い立ったらすぐ動いて、後回しにしないとこ。  だからもう渋る事もせず、端から諦めて快諾して、出発した。  割と空いてて、十六時半過ぎには着いた。色々回るにしても、夜には帰れるかなーと、思っていたのだけれど。  またまた部長が、ここの責任者の工場長と会話中、昔懇意にしていた人がここの工場の副責任者になっている事が分かった。久しぶりに会いたいから呼んでほしいと告げた部長に、今日は出張で居なくて、明日出社するという話。  ――――……嫌な予感はしていたけれど。  部長に、ちら、と見られた。 「渡瀬、どうしても今日帰りたいか?」  ……もはや、次に続く言葉も、今夜どうなるかも、察した。 「……大丈夫ですよ。明日でも」  そう言うと、部長は、「ほんとお前、話が早いよな」と、ご機嫌で、相手と話し出した。  ――――……まあ。部長がこんな工場に来るとか、滅多にないし……はー分からなくはないけど。  ――――……三上、ごめん、帰れないや。    頭に三上の顔が浮かんで、つい、心の中で謝ってしまった。  工場の責任者の人の紹介で、近くの旅館を取ってもらった。  行ってみると、結構広い、良い部屋で、部長はごきげん。 「悪いな。オレと一緒じゃゆっくりできないよな」 「そんな事ないですよ」 「そんな事ないって言うのもどうかと思うな。一応部長だし」 「……まあそうなんですけど」  思わず苦笑が零れてしまう。  確かに、違う部の部長とか……入社当時のうちの部の部長は普通におじさんだったし。  あの人達だったら、確かに気が休まらない気がするけど。  途中からうちに異動してきたこの部長は、話し方とかも若いし、威圧感とかもないし、何というか、志樹に雰囲気が似てるのもあって、なんだか慣れた感じというか。別に一晩位一緒でも全然大丈夫な気がする。 「部屋、他に空いてないっていうし、仕方ないよな」 「本当に全然大丈夫ですよ」  言いながら、苦笑してしまう。  時計を見ると、十八時を回ってる。  ――――……三上、帰れたかな。まだかな。  ふとそう浮かんだ時。 「家に泊りになったって伝えてくる」 「あ、はい」  部長がスマホを手に、部屋を出て行ったので、今の内と思って、三上のスマホを呼び出した。  電話に出た三上の声を聞いたら、ちょっとほっとするというのか、なんだか嬉しく感じるというのか……まだほんの数時間、離れただけなのに。  距離が遠すぎるから、余計かな……。  泊まる事になった事を言ったら、ちょっと驚いてたけど。すぐに部長がドアを開けた音がしたから、また後で、と、切ってしまった。 「泊まりならもっと早く言えって言われた」  戻ってきた部長の苦笑いに、「そうなんですか?」と笑ってしまう。 「いつも定時で帰るからな、オレ」 「そうですね」  クスクス笑ってしまう。  確かに部長、定時あがりで帰っていく気がする。 「あまりに定時で帰るから、仕事ないの?って家族に言われるけど」 「そんなはずないですよね」 「なー? 早く帰りたくて頑張ってんのに」  部長が苦笑いで同意を求めてくる。 「娘さん、いくつになりました? 二才位ですか?」 「そう。毎日、すげえ可愛いぞー」  何才なのかよく分からないけど、そこまで若くはないと思うので、多分割と遅くに生まれた娘を溺愛中の部長。  こんな、どっちかというと、むしろ一見怖そうなのに、親バカ街道まっしぐら。  何だか微笑ましく思いながら相槌を打っていると、手に持ったままだったスマホが震えた。何気なく確認したら、三上からで。 「今日、アルコール禁止。守ってくれたら明日いっぱい奢るから!」  三上からのメッセージに、目が点になってしまう。  ……なんだろう、これ。  アルコール禁止って。  ……飲んだらどーなると思ってんだろ。  ――――……明日いっぱい奢るからって。何だそれ。  なんか、すごい、可愛いメッセージだなー……。  つい顔が綻んでしまって、口元を手で押さえた。

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