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第3話
雨でずぶ濡れになりながら、瞼を閉ざしピクリとも動かない夕栄の前に眩いばかりの光の塊が現れた。その中から一人の青年が姿を見せ、一歩夕栄に近づく。
青年は玄栄の国では見ない美しく豪奢な衣装を身に纏っていた。男らしくも野性味のない、美しくも威厳のあるその顔は無表情を装っているものの、少しだけ眉間に皺が寄っており、それが青年の胸の内にくすぶる怒りとやるせなさを物語っている。
長く雨の降らなかったこの玄栄の民衆からすれば恵の雨であろう天から降り注ぎ大地を打ち付ける大粒の雫は、しかし青年の肌は勿論、衣装の肩や裾でさえも濡らすことはない。明らかに人ならざる者であろう青年は、夕栄の前で膝をつき、その胸元にそっと手を伸ばした。
肉体は既に息をしていない。魂ももう、あと数秒で穢れに吞み込まれ消滅することだろう。今にも消えんとしているその魂を青年は肉体から引き剝がし、その弱弱しい光の球体を胸に抱き寄せた。刹那、夕栄の肉体が纏っていた寝衣ごと砂と化し風に吹かれどこかに消えてしまう。もはやこの地上に夕栄が関係した何をも残されず、人々の記憶からさえ消え失せた。
青年は手のひらに浮かぶ弱弱しい光の球体に口づけをする。運命を捻じ曲げ、縛り付けた魂を胸に抱きながら青年は姿を消したのだった。
〝可愛い子。私の可愛い皇子〟
そう何度も囁いて頬を撫でた、美しく着飾った母がいた。
〝兄上〟
そう呼んでくれた、一人の弟がいた。
〝我が皇子〟
〝夕栄様〟
そう呼んでくれた双子の当主がいた。
本当の名は別にあった。だが彼らが幾度となく呼んでくれた〝夕栄〟こそが、己にとっては価値のある名だった。
〝苦しみに慣れるな。幸せになることを諦めるな。希望を持て。希望を持てば、必ず前に進むことができる。玄栄の民よ! 希望を忘れるな!〟
その言葉を初めて聞いた時、ハッと思い知らされたような気がした。
あぁ、なんとこの世界は強く、逞しく、輝くことを恐れないことか。
この世界を愛した。そんな世界で最後を迎え、二度と目覚めぬ眠りにつくことは本望であった。
なのに……。
無常にも再び、瞼は開かれた。
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