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第4話
最初に目に映ったのは、向こうが透けて見えるほどに薄く柔らかな空色の天蓋だった。何枚も重ねられたそれは緩やかなヒダをつくり頭上に纏められ、内側の一枚だけが大きな寝台を覆っている。玄栄は勿論、地上の繁栄するどの国の王族よりも立派で美しい寝台に彼は寝かされていた。身体には天蓋よりも幾分濃い青色の寝衣を着せられており、その上からふんわりと厚く、しかしとても軽やかな白い布団が掛けられている。
寝台も、天蓋越しに見える広々とした豪奢な室内も、懐かしく見覚えのあるものだ。魂ごと消滅したはずの己が、なぜこの部屋に寝かされているのか。今の状況が全く理解できず、何かを求めるようにそっと手を動かした。自分の身体がまるで石造にでもなったかのように重く、ほんの少し動かしただけで息が切れる。しかし、その理由だけはすぐにわかった。ゆっくりと首を動かして見れば寝衣から覗く手は本来白いはずであるのに、そこには爪の先まで黒く禍々しい穢れの模様が刻まれていた。記憶が正しければ、その穢れは己の全身を埋め尽くしているだろう。だが、だからこそわからない。
穢れが身体を埋め尽くしているというのに、なぜ己は生きている? 穢れに染まり切った魂は決して天上に帰ることはできず消滅するはずであるのに、どうしてこの見覚えのある部屋で、見覚えのある寝台に寝かされているのか。だって、この部屋は――。
ドクンッ、と心臓が大きく跳ねた瞬間、小さく扉が開く音が聞こえた。シュルリシュルリと静かな空間に響く雅な衣擦れの音。近づいてくるその誰もがひれ伏さずにはいられない、圧倒的な存在に唇が震えるのを止めることができなかった。
「あぁ、もう起きておったのか」
さらりと優雅に天蓋を手で退けて寝台に腰かけた、光そのものである青年から縫い付けられたかのように視線を外すことができない。無意識のうちに声が零れ落ちた。
「……へい、か……」
そう、目の前に腰かけている男は天上界のすべてを統べる者、生きとし生ける神々のすべてが膝を折り、頭を垂れる存在。天帝陛下その人である。
「なぜ……」
なぜ。問いかけたいことは沢山あった。わからないことだらけで、何を問えば良いのかさえもわからない。だが、わからないことのすべてを天帝は知っている。答えを持っている。それだけは確信があった。縋るように視線を向ければ、天帝は布団の上に力なく投げ出されている腕を取って小さく息をついた。
「流石にあの程度では治すことはできぬか……。随分と穢れが奥深くまで染み込んでいるらしい。こうなる前に早くこちらへ帰ってくれば良かったものを……」
そう、地上に降り立った神仙は何も自然の死を待たなければ天上に天神として戻ることができないわけではない。地上に穢れが蔓延しそれを少しでも身に受けた神仙は自ら命を絶ち天上に戻ることが多く、ほんの少しの穢れであれば天上で身を清めればすぐに消し去ることもできた。天神にとって神仙としての人の身体など仮のモノでしかなく、その命が終わったからといって天神としての命は永遠であるため執着する者は少ない。
勿論、それを知らないわけではなかった。けれど、それを選ぶことは無い。昔も、今も。
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