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第5話

「陛下、どうか……、どうか私を地上に戻してください」  正直、天帝と話すことは怖かった。無意識に身構える自分がいる。だが、これだけは願わずにいられない。帰りたいのだ。 「馬鹿なことを申すな。その状態で地上に降りればすぐに再び死が訪れるだけとわからぬほど無知ではあるまい」  天帝の瞳に射竦められてしまう。それでも抗うように唇を震わせれば彼の瞳はますます険しくなり、無表情であるがゆえにその怒りのほどがより強く感じられた。 「この部屋からは出るな。今のそなたには天上のすべてが命を蝕むものとなる。この部屋には余が結解を張ってあるゆえ、ここならば安全だ。その穢れが消えるまでは、この部屋から出てはならぬ」  それだけを言って立ち上がり天蓋を指で除けた天帝の背に視線を向ける。 「では、穢れが消えたならば地上に戻してくださいますか?」  その確約が欲しい。そう縋る声に天帝は静かに振り返った。氷のような瞳が向けられる。彼は静かに近づき、そして誰にも聞こえぬよう耳元で囁いた。 「二度と地上に降りることは許さぬ。そなたの居る場所はこの天上以外に無い。わかったな? ――籐刹(とうせつ)」  ドクンッッ、と大きく身体の中すべてが脈動したかのような錯覚に陥る。  籐刹――他でもない天帝によってつけられた真名。その真名によって天帝は彼の魂を縛ったのだ。真名を使われては、誰をも逆らうことはできない。この瞬間、どれほど望もうと天帝が再び真名を使って許可を出さない限り、地上に降りることは叶わなくなったのだ。  動けなくなった籐刹を見てひとつ頷き、天帝は部屋を出て行った。とはいえ、一人になることはない。実は眠っている時からずっとこの部屋には数人の人型をした精霊の侍女たちが隅に控えていたのだが、彼女たちは少なくとも天帝がいる前では決して口を開かず、視線を合わせることも無い。それははるか昔から変わることのない光景だ。  穢れを受けている以外は何一つ変わらない昔に戻ったのだと、そしてそれが再び永遠に続くのだと理解した瞬間、籐刹は唇を噛んで敷布を強く握りしめた。 「……ちが、う」  感情が高ぶり震える唇で、そう呟く。 「私は……、私の名は、夕栄」  ただその一つだけ。けれどその胸の内を理解する者は、誰一人としていなかった。

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