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第7話

 グルグルと思考の渦に捕らわれている籐刹を見て再び小さなため息をついた天帝は、何を言うこともなく手を伸ばし背けられた顔を元に戻した。さして力は込められていないが、籐刹はそれに逆らうことができずに頬を包む手に顔を固定されてしまい背けることができない。そんな籐刹に覆いかぶさるようにして顔を近づけた天帝は、有無を言わさずに籐刹の唇を塞いだ。ビクンッと身体が跳ねるが、籐刹は目を見開くばかりでそれ以上動くことも顔を背けることも跳ねのけることもできない。呆れとも怒りとも、あるいは無関心ともとれるような、決して好意的ではない光を宿す碧玉の瞳にわずか唇を震わせれば、そこを舌で割り開かれ、まるで愛撫するかのように口内を舐められる。サラリとした蜜が天帝の舌から溢れ籐刹の喉奥に流し込まれた。反射的にそれをコクリと飲みこめば、碧玉の瞳の中にある光がどこか柔らかくなったように見える。その瞬間、ドクリと心臓が大きく跳ねた。  胸の内から沸き上がるそれを、籐刹は知っている。かつて天帝相手に感じたものと同じだ。 (いけないっ……)  コクリコクリと蜜を与えられながらも、駄目だと籐刹は何度も叫ぶように己に言い聞かせた。今、天帝が何を考え何を思い籐刹にこのようなことをするかなど、そんなものはわからない。だがひとつ、籐刹は知っているのだ。どれだけ目の前の彼に期待したところで、それは何一つ叶わないのだと。 「んんッ……」  眉根を寄せたのは息苦しさゆえだろうか。それとも、過去の記憶を心が拒むゆえだろうか。苦しそうにする籐刹を見て、ようやく天帝は唇を離した。息を荒げる籐刹の顔を見れば、右目の周りから先程までクッキリと存在していた黒く禍々しい模様が消えている。そんな僅かな変化に天帝は再び瞳の光を鋭くさせた。  天帝とは、神々の頂点に立つ者。当然その力は強大で、彼を形作るすべて、涙の一滴にさえ浄化の力が宿っている。勿論手をかざすだけでも浄化は可能であるが、籐刹のように穢れが身体に染みついてしまっている場合は体内に直接浄化の力を注ぎ入れなければ効果は表れない。しかし籐刹に染みついた穢れはあまりに多く、あまりに深いため効果が無いわけではないが、ほんの少ししか浄化できないらしい。 「やはり同時に吐き出させるよりないか」  上手く動かせぬ身体を横たえたまま息を整えようとしている籐刹を冷静に見下ろして、天帝は独り言のように呟くと迷いもせずに籐刹が纏っていた寝衣の腰ひもを解いた。

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