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第二章・7
「平さん、早く帰ってこないかな」
優しい、平さん。
渡辺さんは『雅貴さま』って呼んでいるけど、僕も雅貴さんって呼んだら怒られるかな。
うとうとしながら、そんなことを考えた。
どことなくぎこちないけど、平さんからは好意を感じる。
(好きでもない人に、こんなに親切にはしてくれないよね)
ふふっ、と思わず口元がほころぶ。
「だめだめ。過度な期待は、禁物」
それに、僕には誰かに好きになってもらう資格なんて、ない。
暗い過去を思い返し、藍は瞼を伏せた。
それでも、誰かが自分を気にかけてくれることは、こんなにも嬉しい。
「平さんが帰ってきたら、最初に何て言おうかな」
おかえりなさい。
お仕事、お疲れ様です。
体調は、ずいぶん良くなりました……。
次々と浮かんでは消える、言の葉。
その全てが、雅貴への好意に満ちていた。
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