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第三章・2

 かすかな物音に、藍は目を覚ました。  手はしっかり、雅貴の腕をつかんでいる。 「あ! すみません!」 「目が覚めたか」  聞こえたのは、食事の用意がなされる音だった。  寝室にクロスのかかった食卓が準備され、二人分の椅子と食器が準備してある。 「ここで、共に食事を摂ろうと思ってな」 「僕、食欲があまり……」 「少々無理をしてでも、食べたほうがいい。空腹だと、余計なことを考えてしまう」 「余計なこと」  そうだ、と雅貴はうなずいた。 「辛い過去の思い出とか、先の見えない未来とか」  それらはまさに、今の藍を言い表したものだった。 「医師の言うことを聞き、薬を飲み。食事を摂って、よく眠る。それらが、今の白沢くんに一番必要なことだ」 「でも、それでは平さんのご迷惑に」 「迷惑なものか。私は今、君の世話を焼きたいんだ」 「なぜ、ですか?」 「解らない」  悩むでもなく、解らない、と雅貴は言っていた。

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