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第三章・5

 朝、藍が目覚めると雅貴がその手を握ってくれていた。 「あ……」 「おはよう」 「おはようございます」  勝手に寝室まで入ってすまない、と雅貴は詫びる。 「だが、こうしていると君の目覚めがいいかと思って」 「ありがとうございます」  どうしようかな。  言おうかな。  少しの間だけ迷い、藍は正直に心の内を口にした。 「おかげで、怖い夢を見ずに済みました」 「怖い夢」  悪夢、か。  心に痛手を負ったこの子なら、悪夢も見るだろう。 「こんな私でも、少しは君の役に立ったのか」 「少し、だなんて」  雅貴の差し伸べた手は、わずかの間で藍の心を癒していた。  ぎりぎりのところで極度の人間不信に陥ったり、厭世的になったりせずに済んだのは、雅貴のおかげだ。  藍は、すっかり雅貴に心を許していた。

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