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第三章・8

「僕、お屋敷のものを泥棒すると思われちゃったのかな」  客室で雅貴を待ちながら、藍は小さく笑った。  見るもの全てが高価すぎて、泥棒する気も起きないよ。 「それに、平さんは命の恩人。そんな人のものを、盗むだなんて」  ありえない、と藍は瞼を伏せた。  本当に。  あの人は、大きな心で僕を包み込んでくれて。  命なんか、どこかへ投げ出してしまいたかった僕を、すくい上げてくれて。 「この感謝の気持ち、どうやって表せばいいんだろう」  どうやったら、彼にお返しができるんだろう。  それにはまず、雅貴を知ることが先決だ、と藍は考えた。 「今日一日、一緒にゆっくりお屋敷を廻って。お食事したり、お茶したりして」  そしてその中で、自分の身の上を少しずつ語るつもりでいた。  まずは自分を知ってもらって、それから彼の背景を教えてもらう気でいた。 「ああ。早く来ないかな、雅貴さん」  そうつぶやき、藍は唇に手をそっと当てた。 「雅貴さん、って言っちゃった」  平さん、ではなく、雅貴さん。  そして今は、その方がなじむ心が確かに藍に芽生えている。 「今日中に、雅貴さんって呼べるようになるかな?」  久々に、ワクワクしていた。  窓からは、日の光が明るく差していた。

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