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第四章・2

「おめめを 覚ませば 御馳走するぞ」  続けて歌った雅貴に、藍は笑顔で振り向いた。 「知ってるんですか? この歌」  そこには、今まで見た中で一番柔和な笑みをたたえた雅貴がいた。 「私を育ててくれた乳母が、よく歌って聴かせてくれた」  乳母。  母ではなく、乳母。  その一言に、雅貴の複雑な生い立ちが隠されているような気がした。  わずかでも、いい。  雅貴さんのことが、知りたい。  その一心で、藍は自分の母のことを打ち明けた。 「僕のお母さんは、再婚したんですけど。新しいお父さんを放って、また別の人のところへ走ったんです」 「恋多き女性、か」  雅貴の言葉は、大人のそれだった。  しかしまだ少年の藍には、母が許せなかった。 「人を裏切り続ける、ひどい人です」 「そうか。悪かった」  ふり絞るような藍の声に、雅貴は素直に謝った。  そして、今度は自分の母を語り始めた。

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