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第四章・3
「私の母は、社交に夢中でね。子どもの私を見る暇がなく、乳母に任せていたんだ」
「そんな」
子どもより、人付き合いの方が大切だなんて!
憤る藍を、雅貴は微笑ましく見ていた。
(他人のために怒るなんて。情緒の豊かな子だ)
そんな雅貴に、藍がもう一歩踏み込んできた。
「今は、どうしておいでなんですか? お母さん」
三日ほどこのお屋敷に世話になっているが、雅貴の母親どころか、家族の気配がないのだ。
藍の疑問は、当然だった。
「今は経営を引退した父とともに、スイスの別荘で暮らしている」
「そんな」
外国、だなんて。
「雅貴さん」
「ぅん?」
「寂しくないですか?」
「解らない」
父や母とあまり接して来なかった私なので、家族の絆は希薄だと思う。
そう、雅貴は答えた。
ただ……。
「ただ、君が私を『雅貴さん』と呼んでくれたことは、嬉しく思う」
「あ!」
すみません、と藍は頭を下げたが、雅貴は愉快に笑った。
「そのまま、名前で呼んでくれると嬉しいよ」
「ありがとうございます」
藍は、少しだけ雅貴の心に近づいた心地を覚えていた。
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