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第四章・5
雅貴の部屋は、これまでに見た部屋の中で一番素敵に見えた。
無駄のない、シンプルな家具類。
テーブルに積まれた、読みかけの洋書。
いかにも理知的な、雅貴らしい部屋に思えた。
そんな、ともすれば無機質に見える部屋を和らげているのは、やはり大きな水槽だった。
今度は、色とりどりの海水魚たちだ。
「うわぁ、きれい」
「君は、魚が好きだなぁ」
今度は、病気の魚がいなければいいが。
そう言って、雅貴は笑う。
初めて声をたてて笑った雅貴の姿に、藍は嬉しくなった。
「雅貴さん」
「何だ、白沢くん」
「あの。僕のことも、名前で呼んでください」
「いいのか?」
うなずく藍に、では、と雅貴は手を差し伸べた。
「今後とも、よろしく。藍くん」
「お願いします、雅貴さん」
握手をしたところで、雅貴の携帯が鳴った。
どうやら、金魚のお医者が到着したらしい。
「藍くん、あの病気の金魚を見事治してやって欲しい」
「できるかぎりのことを、します」
互いの手の温かさを名残惜しく思いながら、二人は雅貴の部屋を出た。
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