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第四章・7
「サロンのシャンパン。渡辺、何かあったのか?」
「それは、雅貴さまのご自分の胸に手を当てて、聞いてみるとよろしいかと」
ディナーには、最高級のシャンパンが用意され、雅貴を軽く驚かせた。
晩餐会などには振舞われるが、日常で渡辺が出してくるとは。
(胸に手を当てて聞いてみろ、か)
手を当てなくても、解っていた。
目の前には、にこやかな顔の藍が掛けている。
「金魚は、どうなった?」
「一匹だけ別の水槽に入れて、薬浴させてます」
「治るかな」
「きっと、治ります」
この藍がそう言うと、本当に叶う気がしてくる。
「藍くん。渡辺が用意してくれたこのシャンパン、お祝いに飲むことにしよう」
「お祝い? 金魚の病気が、ですか?」
そうじゃない、と雅貴は首を横に振った。
しかし、何と言おうか。
(私が藍くんに心を許し始めたお祝い、とはとても言えないな)
「藍くんが、この屋敷に来てくれたことに、乾杯だ」
「ありがとうございます!」
シャンパンの泡が、藍には金魚のあぶくに見えた。
赤い金魚は あぶくを一つ
昼寝うとうと 夢からさめた
夢なら、覚めないで。
そう願いながら、雅貴とグラスを合わせた。
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