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第五章 君の家は、ここだ。
藍が雅貴について知ったのは、あまりに希薄な家族への思いだった。
「お父さんとお母さんは、スイス、か……」
まだ幼い雅貴を乳母に任せっきりで、社交に夢中だったという母。
父についてはまだ知らないが、おそらく仕事に忙しく、やはり雅貴に関心がなかったのだろう。
「雅貴さん、可哀想だな」
自分のことは二の次に、藍は雅貴の孤独を思った。
「だからきっと、あんなに表情を表に出さない人なんだろう」
時折微笑んでくれる雅貴だが、いつも見るのは能面のような顔。
喜怒哀楽が、極端に少ないのだ。
端正な整った顔であることが、かえってそれを際立たせている。
心の読めない、悲しみを背負った顔だ。
「渡辺さんは、僕に期待してる、って言ってたけど」
雅貴の凍てついた心を溶かすのは、藍であると信じて疑わない渡辺。
でも、どうやって?
無理にすり寄ることは、かえって雅貴の気に障るだろう。
「どうしたら、いいんだろうね」
薬浴中の金魚に、藍は話しかけた。
「何か困ったことがあるのか?」
「え? あ! 雅貴さん!」
いつの間にか背後に立っていた雅貴に、藍は慌てて挨拶をした。
「おかえりなさい」
「ただいま」
雅貴が、仕事から帰って来たのだ。
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