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第五章・4
食べたくない、という藍に、無理に食事を摂らせた雅貴は後悔した。
彼は、食べたものをすぐに吐いてしまったのだ。
「藍くん、すまない」
「いいえ、ごめんなさい。絨毯を、汚してしまいました」
使用人が手早く始末をする中、雅貴は藍をそっと抱き上げた。
「歯を磨いて、もう寝たほうがいい」
「はい……」
歯ブラシを口に入れただけでも、吐き気がこみあげてくる。
藍は、涙をにじませながら歯を磨いた。
鏡には、後ろで心配そうに立っている雅貴が映っている。
(雅貴さんに、こんなに迷惑かけちゃって)
僕は、何てどうしようもない人間なんだろう。
屋敷で明るい暮らしをし、ようやく塞がってきていた心の傷が、また開いた心地だ。
それでも雅貴は、優しかった。
「眠りに就くまで、そばにいるから」
そう言って、いつかしてくれたように手を握ってくれた。
それでやっと、藍は眠ることができた。
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