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第六章・8
「また何か、嫌なことを思い出したのか?」
「ごめんなさい。お風呂に入ったら、思い出しちゃって。それで」
藍は、胸に残った傷のことを雅貴に打ち明けた。
「これか。怖かったな」
「う、うぁ、う……」
藍の胸には、一筋の赤い傷跡があった。
雅貴は、自然とそこに指を当てた。
「あ……」
「私が、治してやる」
指を離した雅貴は、今度はその傷をゆっくりと舐めた。
舌を伸ばし、獣が傷ついた仲間を癒すかのように。
「雅貴さん」
「藍、大丈夫だ。こんな傷、すぐに治る」
何だろう、この気持ち。
切なくって、それでいて、心の奥から湧き出てくる衝動。
(やだ。僕、感じてるのかな。気持ちいいって、思ってるのかな)
もっとと思う間もなく、雅貴の舌は藍から離れた。
枕元に丸めてあるパジャマを手に取り、藍に着せた。
「お薬は、飲んだか?」
「はい」
「じゃあ、もう眠るんだ。傍にいてあげるから」
傍にいてくれる。
雅貴さんが。
でも……、それだけ?
藍の心には、雅貴に対する新しい気持ちが芽生えていた。
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