47 / 111

第六章・8

「また何か、嫌なことを思い出したのか?」 「ごめんなさい。お風呂に入ったら、思い出しちゃって。それで」  藍は、胸に残った傷のことを雅貴に打ち明けた。 「これか。怖かったな」 「う、うぁ、う……」  藍の胸には、一筋の赤い傷跡があった。  雅貴は、自然とそこに指を当てた。 「あ……」 「私が、治してやる」  指を離した雅貴は、今度はその傷をゆっくりと舐めた。  舌を伸ばし、獣が傷ついた仲間を癒すかのように。 「雅貴さん」 「藍、大丈夫だ。こんな傷、すぐに治る」  何だろう、この気持ち。  切なくって、それでいて、心の奥から湧き出てくる衝動。 (やだ。僕、感じてるのかな。気持ちいいって、思ってるのかな)  もっとと思う間もなく、雅貴の舌は藍から離れた。  枕元に丸めてあるパジャマを手に取り、藍に着せた。 「お薬は、飲んだか?」 「はい」 「じゃあ、もう眠るんだ。傍にいてあげるから」  傍にいてくれる。  雅貴さんが。  でも……、それだけ?  藍の心には、雅貴に対する新しい気持ちが芽生えていた。

ともだちにシェアしよう!